少し古くなったかも知れないが、このタイトルは、映画「トロイ」のコマーシャルからの引用である。数秒のコマーシャル画像しか見ていないのだから、そんな中で想像を膨らませたりすると、誤った判断になるかも知れない。
 それでもあえて感じたことを話すとすれば、一人の男が愛人を守るために戦うのである。何千人か何万人かは知らないが、予告編で見る限り画面一杯に広がった、まるで蟻の軍団の戦いを見るようなスペクタクルである。

 題名からして、トロイのヘレンを巡る物語だろう。トロイ王子の弟パリスがスパルタと和平交渉のついでに、あろうことか王妃へレンと浮気をして、そのまま自分の国に連れ帰ってしまうということから始まるギリシャ神話である。
 スパルタの王メネラウスは、戦士アキレスに命じて戦艦千隻を引き連れて妻ヘレンを奪い返すべくトロイに戦いを挑み、パリスは愛するヘレンを守るために果敢に対抗する。そのことが「愛のためのたたかい」のスタートである。本人はいい、至上の愛を守るために己の命を賭けると言うならそれもいいだろう。

 しかしその、ひとりの男の愛のために、戦いで死んでしまう戦士たちのことはどう考えたらいいのだろう。死んだ戦士にとって、ヘレンは愛でもなんでもないのである。他人の愛のために戦わなければならないのだとしたら、それはその戦士にとってとてつもなく迷惑な愛だといえよう。命を賭けるに値しない愛である。

 こうした無駄死にともいえるパターンのストーリーは、時代劇などでは日常茶飯事である。ひとりの正義の味方とひとりの悪代官がいて、その代官の下にいる役人たちが、「こいつを切れ」という上司の一言のために、正義の士に刀を向け、ばっさ、ばっさと殺されていくというストーリーである。切られる役人にだって、妻子も恋人も両親もいるはずなのだが、そんなことはおかまいなしに、代官の悪の見かえりに、その悪を糾すと公言する正義の士によって、一刀の下に倒されていくのである。しかも、殺される役人にはせめて相手にかすり傷でも負わせられるなら多少なりとも存在理由があろうものをそれすら許されず、死んでいくことに何の意味も与えられていないのである。そして、殺す側も相手を人と認識しているようには見えず、ただただ障害物の除去くらいにしか考えていないのである。

 こうした無名のその他大勢の問題は、彼らが一種の「傭兵」としての必然的結果であると、割り切ってしまうことも可能である。しかし、仮に「傭兵」と位置づけたとしても、それは雇った側の意思のままに、ことの是非を判断することなく行動するロボットなのだと位置づけるべきなのだろうか。
 雇い主の意のままに行動することで報酬を受けているのであり、その命令の是非を判断することは許されないと考えるのならば、それが愛のための戦争であろうと、祖国を守るための戦争であろうと、領主や雇用者の気まぐれな遊びによる戦争であろうと、それはそれでかまわないということになるのかも知れない。

 しかし、領主と兵隊の関係はそんなものではないだろう。兵隊とは多くの場合領民である。報酬を受ける場合もあるだろうけれど、それは人格のすべてを預けることの対価ではない。領主は領土・領民を守るという契約の下で領民から税を集め、場合によっては徴兵制度という約束すら定めて、軍隊を組織するのである。だからこそ、その兵役の義務は一種の契約による租税であり、「血をもってあがなう税」つまり「血税」と呼ばれるのである。

 それは多くの場合「祖国」または「領土」、「領地」という言葉で集約される関係である。だから、人格を売り渡すという契約による関係ではないのである。
 にもかかわらず、身勝手で自己中心的な領主の判断に巻き込まれた「その他大勢」の悲劇はいつも、だれにも知られることなく無名のまま、しかも存在の意味すら評価されることなく歴史からも物語からも消えてしまうのである。

 パリスがヘレンを愛したのは神のいたずらである。女神エリスの仕掛けた、ヘラ、アフロディテ、アテナの三人のうちだれが一番美人かという女同士の争いに、ゼウスは自ら裁決することなくその判断をパリスに委ねる。そしてパリスはアフロディテの「お前には世界一の美女を妻にしてあげよう」という約束に釣られて彼女を選ぶのである。こんな詰まらない神々の遊びのために、無名の戦士たちは消耗品のように死んでいくのである。

 愛のための戦い、正義のための戦い、信仰のための戦い、祖国のための戦い・・・・・・、戦いにはどんな場合にも美しい言い訳がついている。戦いの底にたとえ「憎しみ」や「妬み」や「裏切り」があったとしても、そんなことはおくびにも出すことはない。人は殺しあうことにも大儀を必要としている。殺す側にも殺される側にも・・・・・・。

 
                       2004.06.10    佐々木利夫


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