銭湯ばんざい 〜道後の湯で感じたにっぽん〜


 日本中それなりあちこち旅しているつもりだけれど、どうした加減かチャンスに恵まれなくて残ったままになっている場所がいくつかあり、そんな一つに道後温泉がある。
 そんな道後に先日やっと行く機会があった。パックツアー途中の僅か一泊だけれど、念願の道後である。いやいやこれがあるからこそ選んだツアーである。

 道後温泉のある松山は、夏目漱石がかつて中学教師として勤務した地であり、その著作「坊ちゃん」の舞台でもある。そして本館と呼ばれる建物は、料金によって大広間や個室が利用できるし、浴衣や茶菓の提供もあるけれど、そもそも入浴料金300円(現在)の銭湯である。

 十月に入って、平日の温泉とはこんなものなのだろうか、それとも時間が午後八時を過ぎたばかりで、旅館では食事、宴会がたけなわという時間のせいもあるのだろうか、入浴客は驚くほど少ない。
 男湯の湯船は西と東の二つに分かれていて、好きなほう、また、両方とも入ることができるが、そのどちらにも10人とは入っていない。少し熱めのきれいな透明な湯に首を浮かせて、目をつぶる。
 「自分の首を浮かべていい湯である」(萩原正泉水)の心境である。日本人なら男女、年齢を問わずにつぶやく、「天国、天国」そのものの気分である。

 と、突然老人の声で、「ちゃんと洗ってから入れ!」の一喝が響く。若い観光客らしい男があわてて湯船から飛び出した。ほんの一瞬のできごとであり、それきり何事もなかったように誰もがそれぞれの湯を楽しんでいる。

 洗い場では、80才を過ぎていると思われる老人の背中を、50過ぎらしい男が洗っている。途切れ途切れの会話からすると、いつもの馴染みらしく、親子というような関係ではなさそうだ。やがて背中を流し終わった50過ぎの男は、老人に同じように背中を洗ってもらっている。
 特に恐縮しているふうもないし、それを当然と感じているのとも違う。なんというか無色というか、そうした状況がごく自然に流れているという感じだった。
 やがてゆっくりと背中の石鹸を流してもらうと二人は別々になる。

 そう言えば、脱衣場でもこんなことがあった。衣類を入れるロッカーにはそれぞれ鍵がついており、100円の料金は戻らない。浴衣がけだったのでそれほど貴重品というものもないのだが、小銭への両替を迷っていると、近くのおじいさんが、「赤い札は無料だよ」とこっそり教えてくれる。
 なるほど、ロッカーに差し込んである鍵には白と赤の札がついていて、白は100円を入れないと鍵がかからないけれど、赤い方はそのままでかかるのである。
 同じように鍵のかかるロッカーに、どうして料金の要、不要の区別があるのか、今もってよく分からないけれど、地元の銭湯利用者にとっては毎日使っている当たり前のシステムであり、だからこそ迷っている観光客にそのことをさりげなく教えてくれたのであろう。

 入ってから出るまでの30分もかからない僅かな時間での出来事である。銭湯というのは、そこを利用する馴染み客に独特の気質を作り上げてしまうのかも知れないけれど、さりげない親切といい、当たり前のことを当たり前と伝える気持ちといい、この銭湯の老人たちは素晴らしいパワーを持っていると、とても嬉しくなった。
 こういう風に言うと誤解を生じさせるかも知れないが、もうすっかり忘れてしまっていた日本人気質(かたぎ)というか、旧きよき時代をほうふつさせるというか、そんな情緒的な雰囲気がごく普通に、自然に、衒いなく流れていると感じさせてくれた。

 のびのびして、ゆったりして、体が芯から暖まり、初めて来たのにとても懐かしく感じられるような、そんな道後の湯であった。大げさだと分かっているけれど、「にっぼんはまだここに残っているよ」と言いたくなるような、そんな道後の湯であった。

 かくて、ひたすら焦がれていた道後温泉に、しみじみと入ることのできた男は、こんな出来事にすっかり嬉しくなり、本館の開場は毎朝6時と聞いて、翌朝なんと5時半にホテルのふとんからのそのそと抜け出したのであった。
 湯船に首を浮かべる男の腕には、白い札が巻き付いている。道後の湯の思い出に対するほんの感謝の料金である。今日まで待っていた男の思い入れを、その思い入れのままに受け入れてくれた、四国、松山、道後本館の湯へのささやかな感謝のしるしである。
 
                       2003.10.6 佐々木利夫