中学の授業で我が身の外国語能力をしみじみと思い知らされた私にとって、一番身近であるはずの英語だって遠い遠い別世界の話である。それでもこの私にだって数少ない英会話の思い出がある。独身時代に空腹抱えながら京都を旅した時のことである。
昼下がり、清水寺から八坂へ下りていく途中のバス停前でのできごとだった。いきなり外国人の老夫婦からこんなふうに聞かれたもんさ。「バスはあと何分で来ますか?」
聞かれた瞬間からパニックである。中学から高校,まで、それなり英語の授業は受けていたはずなのだが、それにしても私の英語の実力は、せいぜいが「ジス イズ ア ペン」くらいなものである。
それでも英語で聞かれたのだし、逃げるか、向き合うか、私は私なりに必死の思いで次の行動を模索し、こんなふうに答えたものさ。「ファイブ・・・・、ファイブ・・・」
あと5分でバスのくることは分かった。しかし、「分」が「ミニッツ」だと今は分かるし、その時だって分かっていたはずなのだが、とっさの場合に出てこないのはむしろ当然かも知れない。相手が分かったか分からなかったかなんてどうでも良かった。ただひたすら私は、「ファイブ・・・、ファイブ」を繰り返していたものさ。
こんなささいな出来事を英会話なんぞと呼ぼうものなら、幼稚園児にも馬鹿にされそうな話だが、それでも未だに忘れられない貴重な思い出である。
話はここで終わりである。とっさの場合で「ミニッツ」が出てこなかったにしろ、外国人と話したことなどないトラベラーが経験した始めての大事件である。そして少なくとも「ファイブ」を伝えられたことで十分満足のできた経験なのである。しかも、(通じたかどうかは別物ではあるが)相手は私のこの言葉で理解できたのだと思ったのである。
これだって国際交流の一種だと私は勝手に思い込み、例えこんなささいな問答であろうとも、私は異国人と会話したとの誇らしげな気持ちを胸の奥にしまいこんだのである。
「この程度の出来事で会話だなんて威張るな」、なんて言われたらシュンとなってしまうけれど、正々堂々の会話(のつもり)だったのである。
それから数年・・・・、いや数十年・・・・・。ふと考えついたものさ。どうして私に、あの老夫婦の「バスはあと何分でここへ来るのか」という質問が分かったのだろうか・・・・・・と。
そしてそのうちに、ある愕然たる結論に達したのである。
その時、老夫婦は確かに英語で私に尋ねたと今でも信じている。しかしながら、ミニッツという単語すら出てこなかった私である。そんな男に「どこどこへ行くバスが、あと何分でこの停留所に到着するか」なんて複雑な英語が分かるはずがないのではないかと思いついたのである。
にもかかわらず、私にはその質問内容が理解できた。だとすれば答えは割と簡単に引き出せる。恐らくそれは、その外国人が、たどたどしいとは思うけれど、きっと私に向かって「日本語」で話しかけたからではないかということである。外国人特有のイントネーションだとは思うけれど、きっと日本語で聞いたではないかと思うのである。だからこそ私にはその質問の意味がきちんと理解できたのだと思うのである。
つまり、私が記念すべき最初の英会話だと信じていた経験は、実は英会話ではなかったのである。外国人老夫婦の容姿と外国人らしい言い回しに混乱し、彼らの話した日本語を、「英語で聞かれた」のだと誤解してしまった私の早とちりだったのである。だから私の最初の英会話の実績は、なんのことはない私の放った「ファイブ」一言だけにしか過ぎなかったのである。
・・・・・・・、おお、なんたることであろうか・・・・・・・。
2004.11.08 佐々木利夫
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