私の自宅は札幌駅から西にJR駅4っの郊外のマンションで、ベランダがほぼ南東向きの6階に位置している。
 そのベランダを背にして我が書斎もどきの一室があり、朝6時過ぎにのそのそと布団から這い出してきてはそこで新聞を読んだり、軽い屈伸運動やテレビなどで朝飯を待つのが日課になっている。

 ところで南東向き6階という事実と朝6時起床の習慣とを組み合わせると、大雑把に言って年がら年中日の出と付き合っていることになる。もちろん夏の日の出は午前4時少し前だから起床時には太陽はすっかり昇りきっているし、真冬の今頃なら日の出は7時前後になるからもう少し待たなければならないという違いはあるけれど、年を通して晴れた朝のすがすがしさには満足できるというものである。

 夏至の頃、太陽はベランダ左手の最も東寄りから昇り、それから日を追い月を追うにつれ太陽の位置は少しずつ南へと移動していく。そして12月、冬至の日の出はベランダの真正面から始まり、その日から再び少しずつ東へと戻っていくのである。

 このように冬至の頃の日の出の位置はほぼ真正面になるから、それからほぼ10日後が元旦で、お正月のいわゆるご来迎は、地平線や山の端からという訳にはいかないものの、晴れてさえいれば都心のビルのシルエット越しに毎年確実に同じ場所から私に対峙するかのようにその姿を見せてくれるのである。
 つまり、我が家のベランダの窓からは毎年、冬至が真正面に見えるのである。

 ところで今はまだ12月の始めだから、ご来迎には早いけれど、それでも今朝(12月8日)の太陽は申し分なしだった。一筋二筋の薄い雲を通して晴れた空に茜色を増していく状況は、それだけでも「今日はきっと何かいいことがある」と思わせるに十分な風景である。

 その茜色につられて、2〜3日前のラジオで、「払暁に金星と木星の間に月が見えていて惑星直列が見事だ」という投稿が読まれていたことを思い出した。
 窓開けてベランダへ出てみる。冬の夜明けはさすがに寒く吐く息は白いけれど、真正面から少し南寄りの空に、斜め中天に向かい20度くらいの位置に金星、そして60度くらいだろうか木星が輝き、その中間のやや金星寄りに上弦の月がくっきりと浮かんでいる。

 月は惑星ではないから、この現象を惑星直列と呼ぶのは誤りだろうけれど、それでも茜色を背景に中天に浮かぶこの天体ショーは、そんなふうに呼んでもいいほどの感動を与えてくれる。
 金星と木星が近づいていると言う話は、実は先月(11月)の始め頃にラジオで聞いていた。見たいと思っていたのだが天候などで見る機会を逃しているうちに、つい忘れてしまっていた。

 窓を閉めたベランダは、寝巻きのままでは5分と持たない寒さだけれど、それでも都心のビルのシルエットを赤く染め出している太陽、そして金星、木星、月とのアンサンブルは、やはり誤りにしろ惑星直列と呼びたいほどの夢幻的な風景である。

 本来惑星直列とは、例えばグランドクロスなどと並んで、地上から眺める惑星の状態を示す言葉ではなく、想像的に太陽を中心とした惑星の軌道である同心円の全体を眺めている自分というものをイメージし、9つの惑星のうちのいくつかと太陽とが擬似的に直線もしくは十字架に近い状態を示している場合を言う。
 そしてより実際的には軌道上の惑星の位置が全惑星の作る同心円の片方に偏っている状態を言う場合が多く、そうした現象と例えば地震であるとか天災であるとか、更には宗教的な天変地異、時には終末思想などと関連付けられることが多いが、現実には物理現象とは無関係であるとされている。

 ともあれ今日の現象は惑星直列ではなかったし、最近の地震や台風の頻発とも関係がなさそうである。それでもキリリとした寒気の中の天体ショーは、地上の様々をしばし忘れさせてくれる。

 「・・・・・・・
  一千九百三十三年と十一ヶ月十日の歴史をのせて、
  地球はいま唸りをあげてグン廻り。
  そして。
  微動だもなく。
  ・・・・・・・」
      (草野心平、<母岩>より 「芝浦埋立地にて」)

 ふとこんな詩の一節を思い出し、しばし腰に手を当てて背筋伸ばしながら空を眺める師走である。


                        2004.12.08    佐々木利夫


          トップページ   ひとり言   気まぐれ写真館    詩のページ


冬至の見える窓辺と

       惑星直列