「どうして私だけが・・・」、この問いは我が身に不条理が降りかかってきた時、間断なく押し寄せる漣のような自問である。起こったことは自分で受け止めるしかないと分かっていても、そう自問しないではいられない弱さが常に我々にはある。
社会はどんな場合にだってなにがしかの歪をもっている。歪のない正方形の社会なんて、かつてあったためしがないし、また仮にあったとしたら、そのことこそ歪なのだと言ってもいいだろう。
だから自分に突き付けられた不条理は、社会のせいにしたところで何の解決にもなりはしない。その事実を事実として受け入れ、許容し、そうした不条理を取り込んだ総枠が「個人としての私」なのだと認めるしかない。
だがしかし、私はそして恐らくはあなたも、人はそんなに強くはない。不条理はまさに不意打ちでやってきて、まるで狙い打ちでもしたかのように、特定の私に向かって牙を剥き襲いかかってくる。
にもかかわらず、人は他人の不条理についてはとてつもなく寛容である。どんなに他人が苦しんでいようとも、その苦しみはその人固有の苦しみであって我が身とはなんの関わりもない。同情はできるし、「大丈夫か」とか「しっかりしろ」などと励ましの声をかけることくらいはできるけれど、だからと言ってそのことで相手の痛みが私の痛みにすり替わるわけではない。
子供の頃、虫歯の痛みに悩まされたことがある。足の怪我だって、頭のたんこぶだってそれなり痛いけれど、歯の痛みは格別である。密閉された空間の中で常に刺激され続けるから耐え難い痛みになるのだと教えてくれた人もいたけれど、それが分かったからと言って痛みが和らぐわけではない。
その痛みは時には手足の指一本くらいなくなってもかまわないと思えるほど昼も夜も肉体を責め続け、かつて読んだ萩原朔太郎のこんな詩が、あたかもそれが実感でもあるかのように今になっても記憶の底から浮かび上がってくるくらいである。
父と子供
歯が痛い。痛いよう! 痛いよう!
罪人と人に呼ばれ、十字架にかかり給える、
救ひ主イエス・キリスト・・・・・
歯が痛い。痛いよう!
(萩原朔太郎 「宿命」所収)
それにもかかわらず、一度治まった歯の痛みは己が身の内にかつての痛みの記憶の痕跡すらもとどめることはない。ましてや他人の歯の痛みなど、想像することはできても共有することなど、はなから無縁である。
人はかくも残酷に作られている。個々人が有機的な意識共同体として存在することなど、結局はSFの世界の出来事でしかない。
ならばそうした存在であることを理解したうえで、理不尽には自らがぶつかって行くしかないことを覚悟すべきであろう。他人が自分を分かってくれないということは、自分もまた他人を分かり得ないことと同じレベルにあるのだから・・・。
「癒し」が盛んである。ペットやマッサージやパン屋さんや喫茶店まで、「癒し」を売りにした商売がいたるところに目立つようになってきた。
結局は、「酒は涙かため息か、心の憂さの捨てどころ・・・」の時代とちっとも変っていないのかも知れないと思いつつ、それでも酒は少なくとも自己完結を目指した手段だったのに対し、現代の癒しはなんでもかんでも他人任せにしてしまっているような気がしてならない。
「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんな私が悪いのよ」と俗謡が歌った時代は、少なくともそこに自虐的にしろ自分を悪者にするだけの自己完結の意思表示があったけれど、今の時代はなんでもかんでも「私には責任がなくあなたが悪い」になってしまっている。だから癒しも他人任せにしていいのかも知れない。
結局は「個」として自分に向き合っていかないことには、親に借金を肩代わりしてもらうだけで自立できないまま二度三度と借金を繰り返していくのと同じことであり、そうした自立なき他人任せは何の解決にもならないことは明らかである。
「癒し」をビジネスチャンスとして金で売ろうとしている人、そしてその呼びかけに操られるように金で癒しを求めようとする人たち・・・、それはそれで互いの目的が合致しているのだから、そうした場面に関わりのない第三者がどうのこうの言ったって始まらないだろう。
ただ私は、「癒し」とはそんな安易なものなのだろうかと、どこかで警戒の声がしているような気がしており、そんなもので解決するような「癒しを求める傷」とは一体どこまでホンモノなのだろうかと思い、割り切れないままに「そんなバカな!」と思ってしまうのである。
人は人を理解できないという事実を、どこかできちんと納得しておかないと、やがてそのことの報いを間違いなく受けるのだと、歴史はそう教えてきたのではないかと私は思っている。
他人任せの「癒し」はいつか錯覚だと気づかされ、そのツケを払うのは癒しで解決すると信じた自分だけなのだと私は考え、それは決して人間不信というのではなく、むしろ人間はそういうふうに作られていて、だからこそ多くの危機から生き延びてこられたのではないかと、そう思っているのである。
2005.07.24 佐々木利夫
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