おぼろづきよ
朧月夜の君
  
 源氏物語は、一つの偏った見方と言ってしまえばそれまでだけれど、光源氏の女性遍歴の物語でもある。ただ、そうは言ってもポルノ小説ではないから、性の描写は皆無に近い。

 しかしそうした中にあって、この朧月夜の君は、数少ない肉の匂いのする女というか、男を惑わせる肉感的な雰囲気を持つ非常に魅力的な女性として描かれている。

 朧月夜の君は、右大臣の六の君、つまり六番目の娘であり、しかもその右大臣は、自分の最初の娘を天皇の正妻にしたことで時の最高権力者としての地位を得ている。
 現天皇は源氏の父桐壷帝であるが、その正妻、弘徽殿の女御(こきでんのにょご)は右大臣の娘であり、したがって朧月夜の君はその一番下の妹ということになる。

 ところでこれまでにも何度か触れてきたところであるが、もう一度簡単に源氏の立場を振り返ってみよう。彼は天皇桐壷帝の第二子ではあるが、桐壷の更衣という身分の低い女性を母として生まれてきたために後ろ盾がなく、将来が非常に不安定なものになっている。

 そこで天皇は彼を我が子でありながら、「源氏」という姓を与えることで自らの臣下の地位に置き、そうすることでまだ長子相続が確立していなかった当時における、正妻弘徽殿の女御との間に生まれた兄との天皇後継を巡る確執を避けようと考えたのである。

 しかも一方で、源氏には葵の上(あおいのうえ)という左大臣の娘を正妻とすることで、左大臣派を後ろ盾とした将来の安定をも図ろうとしたのである。
 つまりは、天皇と縁戚関係にある一族が天下を支配するという構図の下、兄は右大臣派、弟である源氏は左大臣派という二大勢力を背景として物語は発展していくのである。

 さて朧月夜に戻ろう。こうした関係からも分かるとおり、彼女は生粋の右大臣派である。しかも右大臣はこの朧月夜の君を現在の東宮(皇太子、弘徽殿の女御の子、つまり次期天皇であり同時に源氏の兄)の正妻とすべく、幼い頃から大切に育ててきた秘蔵の娘でもあったのである。

 こうしたシナリオを政略結婚と言ってしまえば実も蓋もないが、それが当然の時代の話である。こうした家と家とを基礎とし、天皇とのつながりを持つことで権力を維持してきた中で、対立する家どうしにおける男女の交際というのは、考えるまでもなく「なさぬ恋」であり、「許されぬ恋」であり、もっと厳しい禁断の恋でもある。

 源氏20歳の春、御所で桜の宴が開かれ招かれる(第八巻「花宴(はなのえん)」)。既に源氏は12歳で葵の上を正妻として迎えており、18歳にして義母藤壺との不倫の子(あくまで父である桐壷帝の子、つまり源氏の弟として育てられている)までなしている。
 月の夜である。酔った源氏がふと開いていた弘徽殿の館の戸口から屋敷内へ入り込み歩いていると、奥のほうから、「朧月夜に似るものぞなき」と美しい声で口ずさみながら近づいてくる女がいる(この口ずさんだ歌に寄せて以後彼女は朧月夜の君と呼ばれることになる)。

 源氏は女の姿に思わずときめきを覚え、誰とも知らぬまま一夜を共にする。女は相手を源氏と察するが、名前を尋ねる源氏にただ微笑むだけで自らを名乗ることはない。
 ここは敵方ともいえる弘徽殿の女御の館である。誰にも見つからぬよう、明るくなる前に出て行かねばならぬ。源氏は女の素性を、場所が場所だけに右大臣の五女か六女かとの見当はつけてみるものの、結局分からないままに再会を約する扇を交換するだけで別れる。源氏に残されたのは、狂おしい幻想的な夜の記憶と桜色の模様を三重に張った扇だけである。

 一方、朧月夜にもこの時から苦しみが始まる。短い夢のようなあの夜を心に思いながらも、左大臣派の源氏との恋は決して許されぬ恋であると理性は教え、しかも親が決めたこととはいえ彼女自身の東宮へ嫁ぐ日も近い。

 許されぬ恋に火がつけられた二人の最初の出会いである。

 それから約一ヵ月後、今度は右大臣家の藤の宴が開かれる。源氏は彼女に会えるのではないかと密かに期待して出かける。
 だがしかし、もし彼女が六の君なら、兄である皇太子に嫁ぐことは誰もが知っていることであり、彼女への恋は兄の愛する人を奪うという裏切りであると同時に、政敵である右大臣へ公然と弓を引くことでもある。背筋の凍るような思いではあるが、それでも一度つけられた恋の炎の消えることはなかった。

 源氏は幻の女を捜そうと、酔った振りをして藤の宴の見物に来ている女たちの寝殿に入り込む。そして一人ひとりに、交換した扇などにこと寄せた歌を詠むなどの方法で女たちの反応をさぐる。かつての夜のことなど見当もつかぬ女たちの中で意を決したように返歌する一人の女・・・・。

 この返歌こそが朧月夜の未来を決め、源氏の運命をも変えることになったのである。源氏の呼びかけに応えるべきかどうか、朧月夜は迷ったはずである。沈黙することであの一夜は一夜限りの想いとして、身の内に閉じ込めたままにしておくこともできるのだから・・・。
 たったの一言が、東宮を裏切り、実家の右大臣家をも裏切り、それ以上に生まれ育ちこれからも平穏に続いていくであろう己の人生そのものを裏切ることにすらなるのである。

 だが彼女は、「あの月の夜のあなたにまた会えるのではないかと思い、ふらふらと迷い込んでしまいました」という源氏の問いかけの歌に、感情を抑えかねるように返歌する。「心いる方なりませば弓張りの、月なき空に迷はましやは」(本当に心から想っていてくれるのなら、たとえ月が出ていなくても迷うことなどありましょうか。薄情だから迷うのです)。

 女は裏切りを選び、恋の炎に身を焼くことを己に課した。
 その返歌の声はまさしくあの夜の彼女であった。「いとうれしきものかわ(源氏は嬉しくてならないのであるが)」(与謝野晶子訳、以下同じ)

 源氏物語「花宴」は、朧月夜の君の返歌を聞いた源氏の、こんな中途半端といおうか、変わった表現で唐突に終わりを告げる。まるで「この物語はまだ終わらない」ことを暗示しているかのような素晴らしい終わり方であるといえよう。

 こうした出会ってはならぬ二人が再び出会うことで果たしてどんな出来事がこれから起きるのか、考えただけでもハラハラ、ドキドキの予想される展開である。恐らく当時の読者も、この出会いに並々ならぬ興味を持って次なる展開を待ち構えたであろうことは想像に難くない。シェークスピアを待つまでもなく、ロミオとジュリエットはこうして出会ってしまったのである。



 朧月夜が次に登場するのは、「花宴」の次の次、第十巻「賢木(さかき)」である。源氏の父、桐壷帝は既に退位しており、この時の彼女は、新帝(朱雀帝、つまり源氏の兄)の尚侍(ないしのかみ、事実上の皇妃であるが、正妻たる中宮ではない)になっていている。
 そうした身分にあるにもかかわらず、源氏と彼女とは情熱的な恋愛関係を続けている。彼女の「人知れぬ心は源氏ばかりを思い」、源氏からたえず送られてくる文に、「絶えず恋をささやく源氏を待つ幸福感」にひたっているのである。

 文ばかりではない。「・・・五壇の御修方法のために帝が御謹慎しておいでになるころ、源氏は夢のように尚侍へ近づいた」、「朝夕に見て見あかぬ源氏のまれに見るを得た尚侍の喜びが想像される。女も今が青春の盛りの姿とみえた。貴女らしい端厳さなどは欠けていたかもしれぬが、美しくて、艶で、若々しくて男の心をじゅうぶんにひく力があった」のである。

 こうした源氏と帝の妃である朧月夜との恋の物語は、「賢木」全編にちりばめられており、彼女がいかに魅力的な女性であったかを十分に知ることができる。しかもそうした二人の仲を帝自身もそれとなく知りながら、弟である源氏を愛し尊敬し、同時に朧月夜のことも愛しているという状況下で、その仲をとがめようとはしないという複雑な関係がここには存在している。
 時に源氏24歳、朧月夜21歳である。

 桐壷帝が退位し我が娘、弘徽殿の女御の子(つまり孫)が帝になったこと、そしてやがて桐壷帝が崩御したことなどで、世は右大臣一族の権勢並ぶことなき時代になった。とはいえ、東宮(次期天皇、源氏の弟、実は義母藤壺との間に生まれた源氏の秘密の実子)の後見であり、聡明で世の中からも尊敬を一身に集めている源氏の存在は、政敵である左大臣派の問題ともからんで、どうしても邪魔である。ましてや新帝の妃である右大臣の六の君と情を通じていることなどもってのほかである。
 ことは男女の問題で済むことではない。これは右大臣一族に対する真っ向からの反抗、帝に対する謀反ではないのか。

 一方源氏のほうも、こうした右大臣一族の隆盛に押しつぶされるかのように屈折した生活を送ることとなり、朧月夜との情事に一層のめりこんでいく。
 それが危険な情事であることは承知の上だったろう。それは報われることのないままに出家してしまった義母藤壺への絶望の恋の裏返しなのか、それとも帝の愛する妃との禁じられた恋そのものへの逃避なのか。
 疎外されていく人生の中で、朧月夜だけが源氏を理解してくれていると、彼はやがて知る。

 源氏25歳の出来事である。朧月夜は病気養生のため実家である右大臣家に帰ってきている。そんな状況下、しかもそんな危険な場所であるにもかかわらず、源氏は憑かれたように夜毎彼女の元へ通いつめる。
 ある夜、雷が鳴りだして朧月夜のもとから帰りそびれている源氏がいた。その彼女のもとへ早朝、「雷がこわかったろう」と無遠慮に飛び込んできた父右大臣。上気した顔のまま、あわてて出迎える彼女の衣に、なんと男物の帯が絡まっているではないか。しかも部屋の中には男手でいたずら書きされた懐中紙も散らかっている。

 怒りのあまり絶句したまま源氏を見つめる右大臣、ゆったりと落ち着いて微笑むしか術のない源氏、気が遠くなったかのように呆然としている朧月夜、不倫現場のあまりにもあからさまな露見であった。

 父から報告を受けた弘徽殿の女御の怒りはすざまじいものがあり、この事件を機に源氏排斥の動きは一気に高まっていく。
 源氏の官位が剥奪されてしまえば、源氏そのものの終わりである(逆に言えば、源氏物語そのものが続かなくなるとも言えるかも知れないが)。

 自らの排斥のみならず、東宮(源氏の弟として育てられているが、実は義母藤壷との間にできた源氏の実子である)の交代の動きまで出るに及び、源氏は自らが須磨地方(兵庫県神戸市須磨区)へ亡命することで政争の場から身を引くことを決意する。
 朧月夜の君へも別れの文を送るが、「手紙を読んだ尚侍は非常に悲しがった。流れて出る涙はとめどもなかった」(十二巻「須磨」)。

 ところが、都では源氏が須磨へ流されてからというもの次々と災厄が起き、加えて帝の眼病、右大臣の死去、弘徽殿の女御の病気などが重なる。それらの原因のすべてが源氏の追放にあったのではないかとの思いから、追放からおよそ3年、帝は実母である弘徽殿の女御の反対を押し切って突然に源氏の赦免を決定する。

 この須磨、明石の期間中も朧月夜の心は「源氏の恋しさに満たされていた」(須磨)のであるが、源氏が都へ戻り、彼の時代が来るとともに逆に帝に尽くしていくことになる。源氏との仲を知りながらも帝が彼女を真剣に愛してくれていたことを知り、「どうして私の子を生んでくれなかったのか」と訴える弱々しい帝の姿に、ただただ涙ぐむ朧月夜である(「澪標(みおつくし)」。
 このあたりの物語の構成、朧月夜の従順さは、現代にも十分に通じるものとして私たちを納得させるだけの力を持っている。

 だがしかし、こうした帝への気持ちも長くは続かない。帝が出家してしまうと同時に彼女は再び源氏と密会を重ねることになる(若菜・上)。少女の恋は大人の恋へと成熟し、その恋に翻弄されながらも己の意思でしたたかに生き抜いてきた女が確かにここにはいたのである。

 やがて源氏47歳、そして朧月夜44歳、なんの前触れもなく、源氏に相談することすらなく突然に彼女は出家してしまう(若菜・下)。未練がましく「出家しても朝晩、自分のことを祈って思い出して欲しい」と訴える源氏に彼女はこんなふうに応える。

 「回向には、あまねきてもいかがは」(回向は一切衆生のためです。どうしてあなたを除外できましょうか。世のすべての人の一人として祈りましょう)

 さりげなさの中に自らの決意を秘めた最後の恋文である。彼女はやはり右大臣の娘としての誇りを持ち続け、己が意思をつらぬきとおした素晴らしい女性であった。
 17歳から続いた、一人の女の恋の終焉であった。


                     2005.03.17    佐々木利夫


           
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