白雪姫は継母(まま母)に殺されてしまうのであるが、この継母が原話では実母であったという話を、たった一行だけれど書いたのはもう大分以前のことになる(「思いつくままに」、平成15以前発表、『めるへん・ことば』)。ただそれ以来、このことがずーっと気になったままになっていた。

 継母とされる女が、魔女で白雪姫を殺してしまうほどの残酷さを持っていたというストーリーは、子供だけでなく大人も含めて世界中が信じている話であり、身近にある童話の本のみならずディズニーのアニメなども含めて例外のない事実であると言っていい。

 ところで、この殺す側の人物が継母ではなく本当は実母ではないのかという疑問の端緒は、実は私たちが知っているストーリーそのものの中から感じとることができる。

 とりあえず、物語の概要をこの実母、継母の点にしぼって改めて紹介することにしよう。

 白雪姫は母親(つまり実母)から、「雪のように白い肌」、「黒檀のように黒い髪」、「血のように赤い頬」にと望まれ、そしてその思いのままに生まれてくる。生まれて間もなく母は死に、父である王の迎えた新しいお妃のもとで白雪姫は育てられる。
 やがて、継母であるお妃の「鏡よ、鏡!、国中で一番きれいなのはだあれ?」の物語が展開し、その鏡の答えがいつしかお妃から白雪姫へと変わってしまう。お妃は家来に白雪姫を森へ連れ出して殺せと命じ、証拠として彼女の内臓を持ち帰れと命じる。そしてこれに失敗するや今度は自ら老女に化けて森に住む白雪姫に毒のリンゴを食べさせて殺してしまうのである。
 七人の小人は余りの悲しみに、白雪姫を棺に納めたままにしておくが、やがて年月が経ち隣国の王子が通りかかってその棺を見つけて運ぼうとしたとき、家来が棺を落としたことによるショック(もしくは王子様のキス)で口の中の毒リンゴが飛び出し息を吹き返す。やがて白雪姫は王子様と結婚し末永く幸せに暮らしましたとさ、メデタシ、メデタシ。


 さてここで気づくのは、実母の性格と継母の性格との驚くほどの一致である。物語は実母がすぐに死んでしまうことから継母のほうに力点が置かれるのは当然のことではあるけれど、両者とも「人間の幸福は美貌にある」と頑なに信じているという事実を、このストーリーからうかがい知ることができる。

 継母の性格はここで説明するまでもないだろう。鏡に向かって執拗に己の美貌を問いかけることで十分であり、自分がトップの座を奪われたと知るやライバルを殺してしまおうとさえするのである。

 一方、実母はどうであろうか。生まれてくる子供に何を望むかは様々だと思うけれど、単に美しいことだけというのは一般的に考えてやはりどこか変である。例えば「五体満足」や「優しさ」や「しとやかさ」、そして「健やかさ」や「聡明さ」などなど、親が子に望むのは、常識的には美しさよりも先にそんな当たり前のことなのではないだろうか。

 にもかかわらず白雪姫の実母は、わが子に白い肌と黒い髪と赤い頬のみを望んだのである。顔の美しさだけを望み、内面や健康や心には何一つ触れようとしないのである。

 つまり実母も継母も、「顔の美しさだけがすべて」と考えている人間だったということがこれで分かる。そしてその裏側は、美しさのトップの座を失うことは自分の全人格の否定だとまで考えているということでもある。
 ここまで徹底して美貌にこだわる女二人を、別人と考えることはとても難しい。むしろ二人が同一人物であったと考えたほうがずっと自然である。
 物語は、「実母が死んだこと」と「王が再婚したこと」の二つを付け加えることで、地方に長く伝わってきたストーリーを、ものの見事に現代に伝わるシナリオへと変貌させることができたのである。

 原話では継母ではなく実母であったという話は、グリム童話の初版本がそうであったということが根拠になっているようである。私はそのことを、実は人伝てに聞いたことがあるだけでその初版本を確かめたことがない。だから、物語がどのようにして継母に変わっていったのかという経緯も調べたことはない。
 従ってそんな状態のままで自分勝手に変更の意味を解釈してしまうのは間違いを犯すことになるのかも知れないけれど、実母のままでは余りにも残酷すぎると、地域に伝承している物語を収集したグリム自身もしくは後世の人々が考えて、実母を継母に書き換え、更にはその継母に魔女性を付加することでその残酷さを少しでも和らげようとしたのではないだろうか。

 さてこの物語の継母が実は実母であったことを事実だとすると、この母親は我々の思っている「普通の母親」とはまるで違っていて、「美貌がすべて」、「美貌ナンバーワンの地位を失うことは人生の破滅」とまで考えている特異な人物だということになる。
 それは王妃という特権に生き、常識から少し外れた生活を日常としている者の驕り、または美貌によってのみ現在の女王と言う地位が得られたと信じていることなどからくるものなのかも知れない。

 だからなのだろうか、実はこの白雪姫のお話は白雪姫と王子の結婚というハッピーエンドのままで終わるのではない。原話ではもちろん次のとおりだったと伝えられているし、現在でもこのように書いてある本も時折見受けられるけれど、省略されていない白雪姫の物語はこんなふうな結末を迎えるのである。

 鏡はお妃にこう話しました。「ここではあなたが美しい。でも山の向こうの王子様と結婚する若いお妃様はあなたより千倍も美しい。」
 ・・・・お妃は、婚礼の席へ若いお妃様を見に行きました。するとどうでしょう。そこにいたのは白雪姫なのでした。
 そのとき、驚き立ちすくむお妃の前に、真っ赤に焼けた鉄の上靴が置かれ、この意地悪なお妃はそれを履いて死ぬまで踊り続けるしかありませんでした。


 焼けた鉄の靴を履けと命じたのが白雪姫だとは書かれていない。もしかするとこの刑罰を与えたのは王子様なのかも知れない。
 しかし考えるまでもなく仕掛人は白雪姫自身である。自分を殺した(殺そうとした)罪に対する刑罰だと言われれば、それはそれで納得のできないこともないけれど、考えようによってはこの報復劇は継母(実母)の犯した行為よりも残酷である。そして仮に、王子の耳元に白雪姫がこの刑罰をそっと囁いたのだとしたら、話は更に更に残酷なものとなるだろう。

 何たることか、白雪姫は、実母の持っている残酷さを余すところなく引き継ぎ、実の母親を迷うことなく衆人の前で処刑したのである。
 この白雪姫の物語は、実の母と娘の壮絶な殺し合いの物語だったのである。結婚した白雪姫はいずれ女の子を産むのだろうか。そしてその娘と再び同じような壮絶な争いを続けていくのだろうか。

 天性の美貌に恵まれ、隣国の王子様と結婚して最高の地位と権力を得た白雪姫は、そのたぐい稀な美貌の裏に魔女よりも恐ろしい残酷さを秘めたまま、晴れやかな結婚式を迎え、溢れるほどの人々に囲まれた披露宴にいま臨んでいるのである。
 「憎い母は消し去った」。慈愛と優しさとに満ちた、白雪姫の美しくそしてこれ以上ないほどにも幸せなそうな勝利の笑顔が目に見えるようである・・・・・。


                        2005.01.06    佐々木利夫


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