見ているのが本放送なのか再放送なのか分からないのだが、朝起きが早いものだからＮＨＫ教育テレビ月曜から水曜の朝６時４０分から５分間、「ことば先生、日本語が大変です」で始まる番組を見る機会が多い。
　なるほど言葉は変化していくのだなと妙に納得したりもするのだが、どんどん変っていく日本語に時についていけないとの思いを強く感じることもある。

　ところでこの頃、とは言ってももう数年にもなるだろうか、気になる言葉の中に「全然」で始まる表現がある。恐らく前述した放送でも既に取り上げられたのだろうけれど、タイミングが合わなかったのか、それとも私がこの番組を見始めた頃にはすでに放送が終わったあとだったのか、この「全然」に直接触れた番組に出会う機会はまだない。

　だからこれからする話はそれほど目新しいものではないかも知れない。ただそうした表現が若者だけでなく年配者にまで広がってきており、最近特にそうした場面に触れることが多くなってきて、逆に私自身の思いのほうが間違っているのだろうかと自信をなくしてしまいそうになる。

　私の理解している「全然」は、「全然分からない」とか「全然解けない」など「全然・・・・・ない」というように否定につながるものとしてであった。ところが現実には否定的に使う例はほとんど見当たらず（もしかしたらそうした使い方はすんなり耳を通過してしまうことで逆に記憶に残らないのかも知れないが・・・）、この文章のタイトルにも使ったような「全然大丈夫」であるとか、または「全然ＯＫです」などのように、肯定的に使うほうが断然目立つのである。

　今朝のこの番組のテーマは「雰囲気」であった。この言葉を今の若者は「ふいんき」と会話するケースが増えてきているのだそうである。
　漢字を知っていれば間違うことはないとも思うのだが、番組の司会者は「発音が言いにくい」から「発音しやすい」への変化だろうと解説していた。

　確かに、その番組でも紹介されていたように「新し（あらたし）」が「あたらし」へと変化し、「山茶花（さんざか）」が「さざんか」に変化したケースなどは今ではすっかり定着しているから、そうした意味では変わる日本語にそれほど目くじらをたてる必要もないのかも知れない。

　ただこの「全然」の肯定的な表現の用法はそれなり長い間聞いてきているし、こんな言い方は変かも知れないけれど聞き慣れているにもかかわらず、例えば新しいなどのように耳慣れた言葉としては入り込んでこない。
　「とても」という表現だって、もともとは「・・・ない」につながるものだったのだろうが、「とても・・・寒い、安い、おいしい」などなど、今では抵抗なく使いだしている。

　そうだとすればこの「全然おいしい」という言い方もそのうち耳障りでなくなってくるのかも知れないなどと、思うようにもなってはきている。

　と、ここまではこうして「全然」の使い方が変じゃないかと言う前提で話を進めてきたのであるが、書いているうちに少し気になりだしたことがある。つまり「全然」という言葉は、例えば否定的に使うにしたところでその意味するところは「まるで」とか「１００パーセント」と言うことである。

　「全然分からない」とは「完全に、あるいはまるっきり分からない」という意味である。そうであるとするならば、この全然ということばには否定的な要素は最初から含まれているとは言えないのではないかということである。「全然大丈夫」という表現だって、「100ﾊﾟｰｾﾝﾄ大丈夫」の意味だとすれば、そこにはなんらの不都合も不自然さもないのではないだろうかと感じたのである。

　それともう一つ。否定の言葉が省略されているのではないかとの疑問である。つまり「全然ＯＫ」とは、「全然（心配ない。その件は）ＯＫ（です）」の意味であり、同様に「全然大丈夫」も、「全然（問題ありません。）大丈夫（です）」を意味しているのだとしたら、その省略の仕方の是非はともかく問題のない使い方だとも言えるのではないだろうか。

　辞書でも「全然」の本来の用法は否定として使うとあり、俗用として肯定にも使うと解説してあるものが多い。それをそのまま鵜呑みにするのなら、私のこの言葉の使い方が変だとする意見はそれなり意味を持つのであるが、誤用ではなく俗用だという点では少し私の認識とは隔たりがある。

　つまり最近はこうした若者から中年にまで広がってきている「全然」の俗用としての使い方が、もしかしたら間違っているのではなく、むしろ正しい使い方なのではないのか。この言葉の用法が否定から始まったと考えることは果たして正しいのだろうか。肯定の用法として正しかった時期があるのではないだろうか、更には現在肯定的に使われていると思っているのは単なる思い込みで、本当は否定の内容が省略されているのではないかなどと思い始めているのである。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2006.08.14　　　　佐々木利夫


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