いつもは事務所から自宅まで歩いて帰るのだが、この季節飲んだ後の冬道はどうにも億劫である。事務所近くで手軽に済まそうとしているからか、それとも馴染みの店のほうが気楽でわざわざ遠回りしてすすきのまで出かけて飲もうとする気力が減ってきているからか、ここ数年事務所界隈琴似地区で飲むことが多くなってきている。事務所からJR駅までは歩いて15分。老いた税理士はその途中に引っかかっているということになる。

 自宅の目の前にある駅まで電車で二駅である。午前様にはまだ間がある時間帯のせいかそんなに混んではいない。つり革につかまって見るともなく窓の外を眺めていたが、ふと自分の手の甲に視線が移った。もちろん少し酔っていた。酔いながら考えた。「俺の手の甲」と隣のサラリーマンらしき風体の若者の手の甲とはなんだか「張り」が違うなぁ・・・。
 つかまったまま少し拳に力を入れて握りしめてみる。しわの数は少し減る気配を見せるものの、同じように少し離れてつり革につかまっている見知らぬ若い娘の、あの張りのある輝きには比すべくもないし、力を緩めれば矢張り元の私の手の甲である。

 歳月は常に非情である。老いを敗残とか用済みなどとは思わないけれど、それでも否応なく体に加えられた歳月の積み重ねは紛う方なき現実を示している。

 スナックのホステスだっただろうか、シャワーを浴びていて肌にかかる水滴の弾き加減に少しずつ年齢を感じてくると言っていたことを思い出したが、今見ている我が手の甲のしわもまた明らさまに取り返すことのできない時間の長さを知らせている。

 秦の始皇帝は不老長寿を求めて世界中へ従者を派遣したと言う。この話を聞いたとき、始めは死への恐怖であるとか老いていく権力者の生命への執着をあからさまに示した焦りの表れではないかと見ていた。
 だがその理解の仕方は最近少し変わってきている。彼の望みの中にはもちろんそうした「個」としての生命、つまり自らの命への執着があったことは否めないにしても、「己の成し遂げた世界」とも言うべき統一された国家の安定的な継続願望があったのではないのかと思えるようになってきたのである。

 権力は結果である。混乱の中から創りあげ、かろうじて目の前にかたちとして見えてきた国家の統一は、彼の個人としての悲願でもあったろうが、同時に国民の悲願でもなかったか。彼の抱いた不老不死への飽くなき欲求の中には、老残への恐怖以上に安定した国造りの結果とその継続への必死の願いが込められていたのではなかのだろうか。

 三月に入って陽射しは目に見えて暖かさを増してきている。今年は特に世界中が暖冬らしく、日本でもあちこちから早咲きの桜の便りが聞かれるようになってきた。
 心なし道行く若い女性の服装にも季節の変化が見えるようになってきている。卒業シーズンは、若者の誕生する季節でもある。若者を必ずしも「無限の可能性」などとは思わないけれど、少なくとも自分で育てていくことのできる己だけの人生が待っている。

 キエルケゴールは「どんな人生への選択も、人は必ず後悔する」と言ったけれど(「憂愁の哲理」)、ならばぶつかってから嘆く人生のほうがやりがいがあるってもんだ。

 アミーバーのような単細胞生物の生き残りは単に分裂を繰り返すことで足り、死のイメージとは異なっているようだが、多くの生物にとっての死は生命そのものの中に組み込まれた「事実」である。
 だが死を理解(何をもって理解と言うのかは、それこそ必ずしも理解しているわけではないのだが)するのは人という種の特権(もしくは人だけに与えられた残酷)でもある。

 だが多くの場合、死は老いと離れがたく結びついている。人によって様々であることを承知の上だけれど、老いは目に見える形で訪れる。老人は常に老人の顔をしているのである。人の顔と年齢とは人による多少の違いは当然にあるだろうが、皺、口許、皮膚のたるみ、老人斑、眉、白髪、いやいや顔つきそのものも含めて老いの事実は歴然と目の前に立ちはだかる。

 老人を訪ねたり老人が参加したりするテレビ番組が多い。アナウンサーは必ず「お若いですね」を繰り返し、老人の答える年齢に「その歳にはまるで見えませんね」と、あたかも奇跡の現実を見ているかのように大げさな驚き繰り返す。
 だが私にはそうした老人の全部が「それらしい歳」に見えるのである。歳相応の老人に見えるのである。アナウンサーなどの発言に単なるお世辞や社交辞令が含まれているであろうことを分からないではない。でも余りにも明らさまな社交儀礼は逆に老人を軽視、場合によっては無視していることになっているのではないのか。それともそうした老人の年齢への度の過ぎた賞賛の言葉は社交儀礼の域をあっさりと超え、単なる挨拶語にまで俗化してしまっているのだろうか・・・。

 さてそろそろ下車駅である。血管の浮き出たしわの多い手の甲だが、それでもこれは窓ガラスに写る半透明の姿とともに紛れもない私の年輪である。老いにはどこかやりきれない寂しさを感じるけれど、年輪を味わうためにはやはりそれなりの年輪が必要なのだとも感じている。我が生涯に秦の始皇帝が果たしたような成果の望むべくもないけれど、それでもまだまだ味わいつくしていない多くを感じることができる。
 そして同時に若者に抱く身勝手な嫉妬さえもが、こうした味わいに色を添えているのだとはっきりと感じることができるのである。

 老いを楽しむとはこういうことなのかも知れない。我が身の年輪を我が身が楽しむ、つまりは反芻の楽しみを指しているのかも知れないと、ふと思うことがある。
 反芻を重ねる間に未消化なものも少しずつこなれていき、隠された味わいに届くこともできるようになっていく。ただそうは言っても、反芻にはこれまでの人生で食べてきたものからしか味わうことができないという制約があることもまた事実であろう。

 そんな無茶な食い方はしてこなかったような気がしているから、その点では反芻する材料もまた乏しさに通じることでもあるのだが、それでも私の中にはまだまだ未消化まま残されているものも多い。ゆっくり、ゆっくり、それこそ牛のように反芻を楽しんでいくのも老いの特権の一つでもあろうか。



                          2007.3.7    佐々木利夫


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手の甲のしわ