8月15日が近づいてきてテレビも新聞も年に一度の恒例行事のように戦争を巡る報道が多くなってきた。これから引用する文章は新聞に載った読者からの投稿である(’07.8.11、朝日「男のひといき」)。

 この投稿者は「8月15日はすいとん」を合言葉に「小学生だった2人の息子に戦後の生活を感じさせるために始めたつもりだった」とその動機を記している。そして同時に「だが、こんなに具だくさんで、おいしくては当時のつらさは伝わったのだろうか。はなはだ疑問である。」と考えつつも、「この伝統を続けるつもりだ」と結んでいた。
 私自身も戦後のひもじさを経験している世代の一人だし、すいとんもその当時の共通体験として記憶に残されている。

 だが心の端っこの方でこの「具だくさんでおいしいすいとん」はどこか変ではないかと感じてしまうのである。投稿者の作るすいとんの意図は、「昔はこんなにおいしいものがあった」ことを子どもに示すためのものではないだろう。また、戦後の食糧難やひもじさの記憶を、同じ経験をした仲間と懐かしみそして語り合うための手段でもないはずである。

 七草粥が正月の馳走に馴れた口に、「不味さ」を知らせて日常へと戻るための儀式であったように、すいとんもまた繰り返してはならない戦争の悲惨な思いを伝えるものではなかっのか。
 「おいしいすいとん」を作りそして食べさせることで、作ったその父は自分の息子に戦争の悲惨さを伝えることができたのだろうか。

 その男は子どもに向かって「かつて、今目の前にあるものとはまるで違う」そして、「とても不味いすいとんを食べながら耐え難い空腹を父はしのいできた」ことを伝えたかったはずである。だからこそすいとんの記憶は空腹やひもじさそのものであり、飢餓ともいえるような空腹の記憶が一番分かりやすく子どもにも伝えやすい戦争の悲惨に対する説得力になる手段だと考えついたのではないかと思う。

 だが父の作ったすいとんは、具だくさんでおいしいのである。毎日が満腹で好きなものを好きなときに好きな量だけ食べることのできる今の子どもにとって、父の作ったすいとんは日常から少し離れた料理だろうから最初のうちはきっと物珍しはあったろう。でもそうした美味いすいとんにどうして戦争の悲惨さを伝えることなどできようか。

 そうした父の思いは自分がかつて味わったすいとんの味、そしてそのすいとんに重ねた自らの戦争体験に対する一方的な幻想にしか過ぎないのではないかと思うのである。
 すいとんはどうしたって肉はもちろん具のほとんど入らない、水っぽくて出汁も薄くて、他になんにも食べるもののない空腹だけが味付けという状況で口に入れるものでなければならないと私は真剣に思ってしまうのである。

 日本で戦争が終わってから今年で62年になった。それは終戦の日に生まれた子どもですら62歳になったということでもある。既に歴史と呼べるまでにも遠くなったこの時に、子どもに戦争を伝えることはとても難しいことだと思う。テレビがいくらイラクやアフガニスタンの混乱を映し出し、戦後特集で空襲や原爆や沖縄戦の悲劇を伝えたところで、そうした様々を実体験とすることなど私自身にとってだって不可能だ。

 だからこそ父は「すいとん」という目の前にある食い物としての現物を通して、我が子に自分経験したすいとんの不味さ、空腹の辛さの思いを話し、それに連なる僅かにもしろ戦争の実体験の記憶を伝えたいと考えたのであろう。
 ならば見かけ上のすいとんという、単なる形としての料理を食わせることにそうした幻想を抱いてはいけなかったのではないだろうか。

 恐らくこの投稿者である父自らが作るすいとんは、8月15日前後のある日の僅か一食だけのものであろう。だからこそ私はそのすいとんを手作りした父だけが思い込んでいる戦争の記憶を幻想のままにしておきたくないと思うのである。

 おいしいすいとんを間違っているというのではない。しかしすいとんをおいしく作ることは、戦争の悲惨さを伝える手段としては誤りであり、味わう子どもたちに間違った情報を与えてしまうことになってしまうのではないかと、そのお父さんのすいとん幻想に余計な心配をしてしまったのである。

 ところでこうした父親の思いをどこか変だと感じながらも、実は根はもっと深いところにあるのかも知れないとも感じてしまった。つまり、父親の思いなどどんなことをしたって決して子どもには伝わらないのではないかと思ったのである。それは、「うまいすいとん」で「まずいすいとん」に寄せた父の思いを伝えることはできないのではないかとの思いをもう少し超えるものであった。

 それは、子どもが「まずいすいとん」を現実の問題として食ってくれるのかという疑問であった。グルメであることが日本中に広がり、飽食が当たり前になっている今の時代である。お菓子も果物も街中にふんだんに溢れており、貧乏でそれを買えない階層の者など存在しなくなった。「食べ物を残す」ことに罪悪感どころか、もったいないとの気持ちすら抱かないほどにも現代は豊か(?)になった。

 そんな時代に「まずいすいとん」など、誰が食ってくれるだろうか。今の世のでは「まずいすいとん」でも、かつての時代では決してまずいものではなかった。「うまい、うまい」と食っていたわけでは決してなかったけれど、空腹の現実と目の前のすいとんしか食い物がないという状況の下では、それは食い物の選択ですらなかった。

 まさに空腹だけがその「まずいすいとん」の「まずさ」を和らげる唯一の調味料だったのである。空腹そのものが今や存在しなくなった。三度三度カレーライスや焼肉やハンバーグが食卓に並ぶのが当然の時代になった。回転寿司やケーキバイキングやファミレスが、生まれたときから当たり前に存在している子どもにとっての今である。

 そうした時代に、どうして子どもに空腹を求めることなどできようか。空腹とは「腹が減った」とは違うのである。食うことと生きることとが同義であることを身を持って知ることが空腹だったのである。空腹の味付けのない「まずいすいとん」はあまりにもまずくて、隣に並べられたハンバーグを見ている子どもは恐らく食わないだろう。そのすいとんを作った父だって、かつての記憶だけが調味料であるなら、食べる気にはならないだろう。だからこそ具だくさんのおいしいすいとんへと父の気持ちは向かったのだと思う。

 現代はなんと不幸な豊かさの中へと人々を埋没させてしまったことだろうか。今やすいとんは戦争を伝えるだけの力を持たなくなった。すいとんそのものが、たとえそれが美味かろうと不味かろうと、戦争体験を伝えるだけの神通力を失った。すいとんに抱く父の思いは、「かつてまずいすいとんを食べた」という記憶の中をぐるぐる回りするだけで、脱出できないまま幻想の世界に漂っている。

 しかもこれが一番の問題だと思うのだが、そうした子どもたちを作り上げてしまったのは紛れもなくその父であり、今を生きている大人だということである。





                          2007.8.15    佐々木利夫


            トップページ   ひとり言   気まぐれ写真館    詩のページ



すいとん幻想