「世界では二分半に一人の子供が孤児になっています」。とあるコマーシャルのコピイである。こうした一分に一人だの、五分に一人などと言った表現は、けっこうあちこちで聞く機会がある。
 だがそうした表現には、分母を「世界」とすることでその示された一分なり一秒なりに事実以上に誇大化された注意を向けようとする作為を感じてしまい、どうも素直についていけないものがある。

 一時間は60分であり、一日はその24倍の1440分になるから、これを二分半で除すると576になる。つまり冒頭に掲げた「二分半に一人」を別の言葉で表現するなら、「世界では一日に576人が孤児になっている」と同じ意味である。

 世界人口の予測はとても難しいと言われているが、国連の推計では約66億人とされている。孤児の定義をどんな状況の何歳までの子供を示しているのか分からないけれど、仮に年齢を10歳以下だとしよう。世界人口66億、平均寿命60歳(もう少し短いだろうけれど)、年齢別の人口分布を思い切って均等にまで大雑把にしてみようか。そうすると10歳以下の子供の数は全体の6分の1となるから、約11億人である。人口の年齢別分布が多くの場合ピラミッド型になることは常識的な事実だから、実際の子供の数は11億人を超えることは当然に想像されるが、ここではあえて捨象しよう。

 そうすると孤児の発生数576人は、11億人のうちの576人だと言うことになる。もちろんこの576人は毎日の発生数だし、それを1年間に引き伸ばすならばその数は21万人にもなる。それを何と比べるのがいいのか必ずしもはっきりとした答えを私は持っているわけではないのだが、例えば日本における年間の交通事故死者数1万人、自殺者数3.4万人などを考え、それを日本人の人口約1億2千万人の60倍となる世界人口に拡大(世界の各国のそれぞれの事情を考慮するなら、単純に人口によって引き伸ばすことの愚は十分承知である)するなら、とりわけ異常な数ではないような気がする。

 だからと言ってこの孤児の発生と言う事実を、無視していいとか、そんなに驚くほどじゃないから忘れてしまおうなどと言いたいのではない。
 ただ「二分半に一人」などと、あたかもそれを聞いている人のすぐ目の前で、しかもテレビを見ていたり食事をしていたりする時々刻々にその人のすぐ隣で孤児が発生しているかのような表現は、どこかことさらに事実を歪曲し捻じ曲げた誇張になっているのではないかと感じたのである。「二分半に一人」との表現なり計算を誤りだというのではない。ただそうしたことに統計だとか数学だとかを使うことは、間違った方向への誘導になっているのではないかと感じたのである。

 それは、例えば「一分間」という自分自身の時間として知覚できる単位と、人が生まれるとか死ぬとか孤児が発生するとか離婚が何件起きているなどと言う身近にも発生する例を、「世界のどこか」と言うまるで知覚できないようなことがらまでをも一緒くたに並べることで、あたかもそうした「死」などを「身近な死」という形にすり替えようとしているのではないかとの意図を感じてしまうのである。

 それはまさに数字を使った感覚のわい曲である。感覚的に遠い事実をあたかも身近な出来事でもあるかのごとくねじ曲げようとする行為ではないかと感じたのである。

 数学で「分かった」という瞬間は、そのことが本当に分かったことだと思うのである。証明問題で一番最後に「よって、証明終わり」と記述することは、その証明以外に答えのないことを宣言することである。そこには感覚とか感情とか推定などの入り込む余地はない。
 だから私は数字を使ってこうした情緒を誘発しようとする行為に、そのデータが数式として正しいのだとしてもそれを超えてデータ以外の偏見を与えているような気がしてならないのである。

 さて、昨年一年間の日本における離婚件数は255千件だと最近のニュースが伝えていた。この報道は昨年から年金の夫婦による分割が制度として認められたことから、それを契機として離婚が増加するのではないかと危惧されたことに関してのもので、結果として過去の離婚件数とそれほどの違いはなかったことから影響を与えなかったのではないかとの結論に達したようである。

 もちろんこの離婚件数は孤児の問題とはまるで無関係である。だが年間255千件という数は一日に換算すると700件ほどになる。さて無関係を承知で言うのだけれど、離婚によって子供もまた親だけの意思によって家庭を失ったことでもある。すべての離婚に子供が関係しているとは言えないけれど、日本だけの一日700件の離婚と世界中の孤児の発生一日576人とを比べてるのは、もちろんいけないことなのでしょうね・・・。



                                  2008.5.8    佐々木利夫


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