過激なタイトルになってしまったけれど、こんな言葉が頭に浮かんでしまったのでそのまま利用させてもらうことにした。二日酔いの酔い覚めの迎え酒については経験も含めて知らないではないのだが、最近では二日酔いになるほどの飲み方をしなくなったというか、体力的にできなくなってきたと言うべきかどちらにしても遠い記憶でしかないのが実感である。

 ところでここで使ったタイトルの意味は二日酔いの迎え酒とはまるで無関係で、朝起きてすぐに飲む一杯の水が健康にいいという俗説に関する話である。私はその俗説の真偽のほどを知らないし、またその説を信じて実行しているわけでもないのだが巷間よく聞く話ではある。

 だがこの話題を取り上げた芸能人を集めたクイズ番組があって、何気なく見ていてどうにも気になってしまったことがある。提出された問題は、「朝起きて一杯の水を飲むこと」が正しいかどうかを問うものであった。〇×式だったか、それともいくつかの回答からの選択肢問題だったか忘れてしまったけれど、とにかく答えは「間違い」つまり「×」であり俗説に反するものだった。そして多くの回答者が誤った知識を持っていることを司会者が満足げに宣言し、そしてお専門家による定まりの正答に対する解説がなされていた。
 私はその解説を聞いて、最近安手のクイズ番組がやたら増えてきている現実を、改めて再確認させられたようで情けなくなってしまったのであった。

 水を飲むという回答が「×」である理由は、夜の間に人の口内には細菌が繁殖しているので、起きがけにそのまま水を飲むとその細菌も一緒に飲み込んでしまうからなのだそうである。
 私にはそのことの真偽は分からない。寝る前にいくらきちんと歯をみがいたって口中の細菌を一つ残らず消滅させてしまうことなど不可能だろうし、食事の食べかすなどもそれなり残っていることだろう。だとすればこの回答は一見理路整然としているから、夜の間に口内に細菌が繁殖するというのはもしかしたら本当かも知れない。そしてそのことが本当なら、水と一緒にその細菌を飲み下してしまうと言うのもこれまた分かりやすく納得できる話ではある。

 ただ私が気になったのは、朝の水が体に悪いとしたり顔で説明している解説者の自信に満ちた姿であった。解説者は白衣を着ている若い女性だったから、どこかの女医なのだろうか。にこやかにもっともらしく、そして自信ありげに話していた。
 そして私は思ったのである。「そんな馬鹿な・・・」と。

 朝飲む水が水そのものの生理的な作用として健康に悪いというのなら、それについて私は反論する術を知らない。だがこの女医の理屈は「口の中の細菌を水と一緒に飲み込んでしまう」からであり、どんな種類の細菌が口の中に増えていて、それを飲み込むことによってどんな症状があらわれるのか、つまりどんな病気になるのかなどについては一切触れることはなかった。

 私が疑問に思ったのはこうした事実をクイズの答として公開し一般化していること、つまり特殊なケースではなく誰にも共通な現象であるとしてその内容を公開していることである。
 考えても見るがいい。恐らく多くの人に朝起きて水を飲むという習慣はないだろう。いかに俗説で水を飲むのが健康にいいと思われていたとしても、知っていることと実行することとは別である。仮に水を飲むことが健康にいいと思っていたにしても、それほど気にしていないか、忘れているか、面倒かなどの違いはあるにしてもきちんと実行している人はそんなに多くはないだろう。
 だとすれば、多くの人たちは「起きがけに水を飲む」ことをしないのだから、当然に口中の細菌を飲み込むこともないことになるから、この俗説を実行しないことで結果的に細菌感染から免れられていると喜んでいいのだろうか。

 恐らくそれは事実とは違うだろう。人の嚥下運動は反射的なものである。例えば痰がつまったり咳き込んだりしたときに溜まる口の中の唾は意識的に外へと排出するだろう。それ以外にも歩きながらやたら道路に唾を吐き出している人もいないではない。
 だが多くの場合、唾液は自然に、それも寝ている時間も含めて24時間口の中に流れ出しているはずである。もちろん食事などの場合に多くなるだろうことは容易に想像できるけれど、口の中になんにもないときだって唾液は切れ目なく口の中に流れ込んでいる。そしてその唾液を人は無意識に飲み込んでいるはずである。

 つまり私が言いたいのは、朝起きてから寝るまで(恐らく寝ているときもだと思うのだが)すべての人は唾液を飲み込むという自然現象、生理現象に囲まれてしまうのではないかと思うのである。

 このエッセイを書き出してから、本当にそうなのか確かめてみたのだが、気にしてみると私に関して言えば1〜2分に一度(もっと多いかも知れない)は喉をごくりとさせてるのである。別に口の中に食べ物が入ってるわけでもコーヒーを飲んでいるわけでもない時にもである。口の中が空っぽであるにもかかわらず唾液が自然に口の中に溜まってきて、一定の量に達したからなのかまたはある程度の時間と言うサイクルによるものなのかは分からないけれど、溜まった唾液をのべつくまなく私は飲み込んでいるのである。

 私の唾液の分泌が異常に多いのかどうかそこのところは必ずしも分からない。もしかしたら私だけが赤ん坊並によだれが多いということもないではない。だが口の中に唾液のある状態というのは、例えば「口の中がからからに乾く」などと言う言葉もあるとおり、いつも湿っているのが当たり前なのだろうから、私だけが特別に唾液の分泌が多いとは思えない。

 以下の論述は私の唾液の分泌状態は正常の範囲であるという前提での話である。この前提が正しいとするなら、人はいつも無意識に唾液を飲み込んでいるということである。唾液がどこから分泌されてどんな風に口の中に回っていくのかについても私はまるで知らない。
 しかし唾液は口中に回っている。それは舌を動かす潤滑油でもあり、歯と唇の摩擦を減少させる役目をも負っている。つまり唾液は口の中を自在に回っていると考えていいだろう。だとするなら、夜の間に口中に増殖するとされる細菌もまた唾液の中に満遍なく取り込まれることになる。そして水を飲む、飲まないにかかわらず人は嚥下と言う生理作用を通じて無意識に細菌入りの唾液を飲み込んでしまうことになるのである。

 だとするなら仮に眠っている間は唾液が出ないこと、それに伴って無意識に飲み込むという行動も起きないことを認めるとしても、朝の起きがけ、しかも唾を飲み込むと言う生理作用が起きる前にきちんと歯をみがかない限り世界中のほとんどの人間は、揃いも揃って自分の口中の細菌によって自らの胃袋が汚染されるという結果を招くことになるのである。

 私はこの「起きがけに水を飲む行為」についてとやかく言いたいのではない。解説者の回答としてはもう一押し、その細菌が人の健康にとって有害であるとの説明が必要だとは思うけれど、回答そのものが科学的に誤りなのだと指摘したいのでもない。恐らく人には自浄作用というか免疫機能なりが備わっているはずだし、しかも人に寄生する細菌には人に無害なもの多々あると聞いているから恐らく飲み込んだ細菌による感染はそんなに多くはないのだろう。

 ただ、こんなことをことさらに「水を飲むのは間違いだ」などと言ってしまえば、空気中には細菌もカビの胞子も花粉もほこりも、更には分子レベルの化学物質などに満ちているはずである。空気は単に家庭だけではない。電車にも職場にも脂粉漂う夜の街にだって人は空気なしには生きて行けない。悪い空気を吸わないことは一つの見識かも知れないけれど、そんなこと言っちまったら人は息をすることすらできなくなってしまう。そしてそのことは食べ物にだって同様のことだから、細菌まみれの食い物など食えないなどと言い張ったらまさに飢え死にしてしまうことだろう。。

 だからと言って汚染された空気や食べ物や環境をそのままに是認せよと言いたいのではない。ただことさらに何かをとりあげて誇張し、そのことがあたかも絶対的な正義みたいな言い方をすることにどうにも鼻持ちならないものを私は感じてしまうのである。

 そして最近のテレビには、こうした傾向の番組がやたら増えてきているような気がする。特に健康などに関する話題では、針小棒大と言ってしまえばそれまでだけれど例外的ともレアケースとも思える事実をあたかもそこいらじゅうに蔓延しているかのような提示の仕方をすることが多い。しかもご丁寧に専門家と称する権威のお墨付きまで添えてである。
 それが視聴率を稼ぐ手っ取り早い手段だと分かってはいるけれど、テレビは情報伝達に大きな力を持っているのだから、そうしたことを続けていると人はテレビを信じなくなる、それどころかあらゆる情報を信じない方向へと移っていく、そんな風に思えてどことなく不安になるのである。



                          2008.7.24    佐々木利夫


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