平成も20年を迎えて、いまでは年号としての違和感などすっかり消えてしまったような気がする。なんたって平成生まれが成人になるのだから当然と言えば当然のことかも知れない。
 私の生まれは昭和15年である。第二次世界大戦が終わったのが昭和20年だったけれど、北海道の片隅で生まれ育っている身には空襲も海上からの艦砲射撃などの戦争体験もなかったから、戦後そのものを人生として過ごしてきたと言ってもいいだろう。

 昭和は64年まで続いた。年号制度について詳しいわけではないけれど、歴代の年号の中で神武などの神話まがいの時代を除くなら、昭和は最長と言っていいかも知れない。なんたって年号は基本的には個人としての天皇在位期間として名づけられるものだからである。つまり少なくとも人の寿命の限界が年号の存続期限でもあるということになるからである。

 年号には不便なところも多い。私の母も含めて大正生まれはまだまだ健在だが、さてそれらの人たちが平成20年の今日、何歳かと問われるととたんに戸惑ってしまう。それは年号の表す期間がまちまちであること、そしてその境目が必ずしも12月31日と元日になっていないことにもある。
 大正元年は7月30日から、昭和は12月25日から、そして平成は1月8日から新しく始まった。だから月日までチエックすれば可能なのだが、単に「生年」だけでは簡単には年齢の計算はできないのである。

 その他にもこうした元号制度が日本の歴史そのものを非常に分かり難く複雑にしていることも否めない。「時は元禄14年、師走半ばの14日、トントン・・・」と扇で演台を叩きながら講釈師が赤尾浪士の討ち入りを声高に演じようとも、関が原の天下分け目の決戦が慶長5年の9月15日だと教えられようとも、そのこと自体を記憶できたとしてもそれが日本史の中でどんな時間的な位置づけにあったのか、同じ頃諸外国ではどんなことが起きていたのか、それと日本史とはどんな関わりをもっていたのかなどの考察がこの元号表記ではなかなか結びついていかないからである。

 それに例えば二つの年号の時代の前後の関係や、それ以上にその年号が何年間使われていたのかなどが極めて分かりにくいこともあげられよう。明治、大正、昭和、平成くらいならどちらかと言えば現在進行形だからまだ理解しやすいけれど、もしかしたら明治と大正の前後関係だってあやふやになっている若者が発生してきているかも知れない。だから「明治の直前の年号は?」だとか「文久と明暦とはどっちが先でどのくらい離れているか?」などと聞かれたら、私も含め恐らく多くの人たちは戸惑ってしまうのではないだろうか。

 年号制度の悪口ばかり書いてしまったが、それがそのまま西暦の利点であることに異論はないけれど、それなら西暦が万能かと問われれば必ずしもそうではないだろう。例えばミレニアムなどとことさらな名を冠して、「その年には何か不吉なことが起きる」だとか、「1999年にはなんとやら・・・」などとの発想はまさに西暦特有の数のお遊びだからである。千年ごとに何かが起こるだとか数字の語呂合わせに何かの意味を決め付けるのは、それは千年以上もの長い期間一つの名称を使い続けていることからくるものであろう。
 元号制度は天皇一代で必然的に変わってしまうから、神代の時代ならともかく100年を超えることなんてことはありえないからこうした問題は起きないだろう。

 ともかくも昭和は終わりを告げ平成も20年を迎えた。「降る雪や 明治は遠く なりにけり」はあまりにも有名な中村草田男(1901〜1983)の句だけれど、この句は昭和11年に発行された彼の句集「長子」に始めて掲載されたとネット検索は知らせてくれた。大正が14年で終わっての昭和11年だから明治が終わって25年目の句であることになる。
 昭和が歴史として語られることに異論はない。単に時代の経過に止まらず、昭和には戦争や経済変化など日本ばかりでなく国際的にも激動の時代だったのだから、歴史としての昭和を語ることは時代の必然かも知れない。

 その昭和の15年に私は生まれた。人は時代で老いるのではなく年齢で老いるのだとは思うけれど、世の中が新しい年号に変わっていくことに歴史を実感することもある。そうした意味では年号もまた、エポックとしての意味を我々に与えてくれているのかも知れない。
 そしてそうしたエポックは、西暦表示では決して味わうことのできない年号独特の歴史と経験への味付けになっているのかも知れない。

 そのせいもあるのだろうか、平成が過ごした20年もの重さは、昭和を中村草田男の描く明治と同じ記憶の彼方へと私を追いやるような気がしているのである。



                          2008.6.19    佐々木利夫


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「昭和」の意味するもの