少し前、人気女性歌手があるラジオ番組で「35歳を回るとお母さんの羊水が腐ってくる」と発言し、猛パッシングを受けた。「腐る」はいかにも強烈な表現だったので、最近の高齢出産が増加している傾向の中でそうした女性の気持ちを逆なでするようなインパクトを与えたのだろう。

 その女性歌手は他人から聞いた話をそのまま反復してしゃべってしまったようなのだが、高齢女性たちへの心無い話題というよりは芸能ネタとしてのパッシングが先に走り出してしまったことに私はどうも不快感を覚えてしまったのである。

 これから話そうとするのはその人気歌手のことについてではない。最近の新聞に「羊水発言、学校で教えられているか」と言う投稿があり('08.2.27、朝日、私の視点)、それを読んでどことない不自然さを感じてしまったことについてである。

 「腐る」の言葉は強烈だが、女性歌手の発言が本来の意味の「腐敗すること」ではなく、高齢者出産はリスクが高くなることの意味であるだろうことくらい、直接聞いた人たちのみならず伝え聞いたマスコミ関係者にだって分かったはずである。それが警鐘としての発言の意味を超え一人歩きしてエスカレートしてしまったことに、発言者本人の不注意もさることながらマスコミのいつもながらの視聴率稼ぎの露骨さが見え見えだと感じたのである。

 さてその話題についての上記記事である。この動物学の大学準教授と称する投稿者は、この「腐る」発言が科学的に全く間違いであることを滔々と述べる。羊水は胎児が分泌するもので母体の年齢には関係がないこと、無菌の液体であって子宮内では腐敗しないこと、羊水が太古において祖先が水中生活をしていたことの名残りであること、生物進化の道筋を反映してる胎児の大切な生活環境であることなどなど・・・。

 そして「羊水腐る」は発言した彼女だけの問題ではなく、世の中の多くの人が羊水について知識不足がありそれがこうした勘違いを生んだと話を進める。そしてそれから延々と羊水に関する世界各国の教科書への掲載状況、それに対する日本の現状、更には経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)の調査結果にまで話が及び、「ヒトを科学的に扱う教育の構築は緊急の課題であり、社会のミニマム・エッセンシャルズ(最低の要求水準)である。ヒトに関する正しい知識を学校で教えることの大切さを再認識してほしい」と結ぶ。

 論者の言う「ヒトを科学的に扱う教育」の大切さが分からないと言うのではない。そうした「教育の構築が緊急の課題」であるかどうかまでは必ずしも理解できているわけではないけれど、だからと言ってこうした教育が必要であろうとする意見に反論するつもりはさらさらない。

 だがこうした科学教育の必要性を、女性歌手の「羊水腐る」発言に結びつけることにはどうしても違和感が残るのである。彼女の発言をマスコミがいっせいに取り上げたのは、その「腐る」ことがもしかしたら事実の可能性があるのではないかと信じたからでもなく、読者や視聴者の多くがこの発言を真実だと思い込んでしまうことを恐れてのことでもない。発言者が人気女性歌手だったことで芸能ネタとしての価値が高いと認めたからに過ぎないと思うのである。

 そのことは報道の内容が、「腐る」と発言した事実とその発言を涙ながらに謝罪する彼女の姿や彼女のブログをのみ取り上げ、今後の歌手活動をどうするかと言うことだけに話題が集中していることからも分かる。そんなに一生懸命このニュースに関する記事なり番組を見たわけではないので断言はできないのだが、「羊水は本当に腐るのか?」などといった取り上げ方などまるで見当たらなかった。

 だからこの新聞投稿を読んだときに、「あれっ」と思ったのである。投稿の内容というよりは、論者の話題に対するこ取り上げ方そのものが、どこか女性歌手の発言とつながっていないのではないかと感じてしまったのである。

 もちろん丸っきりつながっていないというのではない。論者の問題提起が「腐る」発言にあることに違いはないけれど、「腐る」の意味を「科学的に腐るものではない」という方向へ意識的に持っていこうとしているのではないかと感じられたのである。

 確かに「羊水腐る」はインパクトのある表現ではあったけれど、論者はその趣旨を自分の都合のいい方向へと無理にネジ曲げてしまったのではないか。「風が吹けば桶屋が儲かる」ほどにも因果関係が希薄な話題をことさらに科学教育へと無理やりにつなげてしまったのではないかと思ったのである。
 そしてそのことで、論者の述べた壮大な教育論は、その壮大で正論のゆえに逆に迫力の欠けた論述になってしまったのではないかと危惧しているのである。



                          2008.2.29    佐々木利夫


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