人は我が身に降りかかってくるまで、その火の粉を実感として感じることができない生物なのかも知れない。予感し想像し、思いやる心を持つことが人として大切なのだと、私たちは繰り返し教えられてきたけれど、他人(ひと)の痛みは所詮他人の痛みであり、それを我が痛みとすることなど困難なのかも知れない。

 「・・・2005年米国を訪れたとき、ダニに取り付かれたハチが大量死した話で持ちきりだった。原因は特定できず、私もひとごとのように感じていた。」(朝日新聞、10.1、養蜂家、要旨要約)

 そしてその翌月になってその養蜂家の事態が一変する。「自分の養蜂場で大量のミツバチの死骸が見つかった」からである。おおあわての彼等に対し、「日本の農水省は、大量死の原因はわからないと言い続け、(提案した対策についても)国への登録手続きが大変と一蹴された」と嘆く。そしてこの投稿の結論は、「ミツバチは自然や生活環境の変化をいち早く教えてくれる。彼らの警告に耳を傾け、一刻も早く(国は)原因究明と根本的対策に乗り出してほしい」(いずれも前掲の引用投稿)と締めくくる。

 私はここで語られている彼の言い分を間違いだとか、身勝手だと言いたいわけではない。だが彼自身も述べているように、人は自分自身に火の粉が降りかかってくるまでは、どんなことも他人事(ひとごと)にしか過ぎないのだということに改めて気づかされたのである。
 彼は現に養蜂家として外国ではあるけれどハチの大量死を現実のものとして目にしているのである。それでもなお彼は、その事実を「ひとごとのように感じていた」のである。

 そして彼が提案したのがたった一つ、「農薬業界にミツバチの嫌うにおいを農薬につけてほしい」と国に要望することだったのである。彼の縷々としたこの投稿の中に、農水省が実施した「地域同士がミツバチを融通しあう」とする解決策以外に、自らの力や仲間などの力で努力した施策などには一つも触れられていないのである。つまりこの投稿を読む限り、彼または彼の同業者たちなどが解決のためにしたであろう自助努力の形跡などはどこにも見当たらないのである。

 政権が自民党から民主党に代って一ヶ月が経過した。交代した内閣が今一生懸命取り組んでいるのが前政権最後の仕事となった今年度補正予算の見直しである。総額14兆7千億円のうち、どうやら約2兆9259億円をひねり出したようである。そしてそれに続く新政権の仕事は既に提出されている来年度予算の概算要求に対する新たな視点からの取りまとめである。
 選挙公約とも言うべきマニフェストで民主党は様々な政策を掲げた。その公約とは結局「税金を使う」ことが背景にあり、その結果概算要求額は昨年を上回る95兆円にもなった。しかも税収はこの不況の下で減少が確実視され場合によっては30兆円切るかも知れないといわれているている。だとすれば必然的に「税収を上回る国債の発行」と言う数十年来なかったと言われるような事態さえ起きかねない状況にある。

 そうした補正予算の組み替えや新年度予算の編成は、まさに政権交代の現実を如実に示す作業であり、前政権との対立軸を明白に示す絶好の機会でもある。だから当然のことながら従来とはまるで異なった編成作業なり内容になっている。それはつまり、減らされる予算はその予算から恩恵を受けるであろう人たちに対するマイナスとして作用し、増加する予算はその反対の作用をもつことになる。

 それは予算と言う巨大なカネが動くことからして当然のことなのだし、それについてマスコミ各社がその利害に関与するヒト・モノについてあれこれ報道することもまた当然のことだと言っていいだろう。
 だがそうした対象者のことごとくが自らの利害に係わる面からのみの視点でカメラに向かって発言している姿に、私は人が掲げる「平和」であるとか「人類皆兄弟」みたいな考え方がいかに難しいか、そして場合によってはいかに非現実的であるかをひしひしと感じてしまったのである。

 漢詩からの引用かも知れないが、日本の俚諺に「衣食足りて礼節を知る」と言うのがある。そはさりながら、さてもこの衣食の意味のなんと多様であることか。飢餓に見舞われているアフリカ諸国の空ろな瞳が訴えている衣食もあれば、金無垢にダイヤをちりばめた王冠を戴いてなおグルメや贅沢を求め続け、その届かない思いを嘆いている人だっていることだろう。人の欲望に際限がないのだとしたら、「衣食が足ること」そのものにもまた限界のないことを示しているのではないだろうか。そしてその当事者が自身について衣食が足りていると感じていないのだとしたら、礼節もまた遠く彼方にかすんだままになっている。

 そしてそうした当事者と呼ばれる抽象の中に、私自身もまた紛れもなく含まれていることを否応なく思い知らされている。



                                     2009.10.20    佐々木利夫


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降りかかる火の粉