昨年(2008年)9月、エチオピァで誘拐された女性医師(国際医療支援団体「世界の医療団」所属)が三ヵ月半振りに年明け早々無事ソマリアで解放された。政府もマスコミもこぞって「よかった、よかった」の大合唱である。そのことに私は何の異論を唱えるつもりもない。
 ただこれに関した報道の中で、まるで報道管制下にでもあるかのように、それとも触れるのがタブーになってでもいるかのように沈黙を続けている部分のあることがどうにも気になって仕方がない。

 それは身代金についての報道である。ソマリアは政府そのものが機能不全に陥っていて、誘拐はおろか国際的な海賊行為まで頻発している状況下にある。海賊行為と言っても結局は乗組員なり船舶や荷物なりを人質とした身代金の要求が目的である。政府の機能不全はそうした違法行為の取締りと言った犯罪への対応そのものが不可能な状態にあり、必然的に国民自らが「生きるための手段としての犯罪」に走らざるを得ないところまで追い詰められているのが現状のようである。
 だからと言って身代金を要求するような行為が承認できると思っているわけではないけれど、こうした行為が犯罪として糾弾する以前の問題でもあることについては理解できるものがある。
 この女性医師の誘拐でも当初300万ドル(約3億円)が要求されていたことを記憶している。

 今回の解放に伴って身代金が支払われたのかどうかについて、彼女の所属団体である「世界の医療団」は支払っていないと言い、政府も一切答えられないとしている(外務省)。もちろんこうした身代金問題に政府が直接関わることは避けるべきであろうことを理解できないではない。身代金の支払いに国が関わったことが明らかになれば、日本人の誘拐が世界中で多発することにもなりかねないからである。

 ただそうは言っても今回のような事件(今回に限らずこれまで世界のあちこちで起きている商社マンや技術者などの誘拐も同様だと思われるのだが)で人質解放の経緯を見る限り、単に相手との話し合いや人道的な理解を求めるような説得で解決したとは到底思えないものがある。

 もちろんそれは私の勝手な憶測である。しかしながら、誘拐が単なる犯人側の思いつきや個人的な恨みなどから行われたのならともかく、計画的しかも複数犯であること、そして生活防衛とも言うべき切羽詰った状況下で行われ具体的に身代金の要求がなされていること、そして犯罪行為として摘発することが事実上不可能に近いことなどを考慮するなら、単なる人権問題として相手の正義を求めるような方法で解決できたとはとても考えにくい。

 にもかかわらず身代金についてマスコミは一切触れようとしない。恐らくいくばくかの金銭が具体的に支払われたであろうと思われるにもかかわらずである。

 人質問題と身代金の要求、このテーマは今回のようなテロまがいの事件をめぐるものばかりではなく、幼児誘拐などの身近な犯罪とも結びつくものをもっている。そうしたとき身代金の要求は事件の背景からして必須であるとも言えよう。そして事件解決には多くの場合身代金の支払いがからんでいるであろうことも・・・。

 そうした事件が起きた場合、マスコミなり政治がどんな風に事件を公表すればいいのか、その答を私は持ち合わせていない。それにもかかわらず、「どこか変だ」みたいな無責任な言いっ放しは私の本意ではないのだが、それでもマスコミにはこれしきの報道姿勢もないのだろうかと気になって仕方がないのである。

 答えはないのかも知れない。人命と金銭が同時に提起されたときに、それを人道や正論だけで解決する方法などそんなに簡単には見つけられないだろう。むしろ事件、事件の個別性に委ねられることが多いと言えるのかも知れない。
 それでもそうした事実が始めからなかったかのように沈黙を守るマスコミの報道姿勢、それもあらゆるマスコミがこぞって知らぬふりを決め込むような姿勢にはどことない違和感を覚えてしまうのである。
 事件解決までの姿勢として、報道に一定の枠組みを求めることに異論があるわけではない。だが事件が一段落した段階になってまでそのことを秘匿しているような姿勢に、どこか納得できないものを感じてしまうのである。

 いやいや、秘匿しているのならそれはそれで必要があってのことだろうから理解できないではない。だが、「秘匿すること」と「知らんぷりを決め込むこと」とはまるで違うのではないかと思うのである。
 だから今回の事件について、あらゆるマスコミがまるで申し合わせでもしているかのように身代金について取り上げないこと、そしてあたかも身代金の要求など最初から存在しなかったかのような姿勢に、マスコミそのものの報道姿勢の安易さ、更にはマスコミに対する不信の増幅みたいな気持ちを抱いてしまうのである。



                                     2009.1.15    佐々木利夫


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