今年3.11の原発事故につながる放射能問題に関連しては、これまで何度もここへ書いてきた。そのたびに思うのは、このテーマは放射能に関すること以外にも様々な問題を提起してくれることであった。それだけこの問題は政治や行政や国民の意識など、放射能問題を超えて私たちの内面に深く関わってきていることを意味しているからなのかも知れない。

 さてこれから書こうとしているのは、粉ミルクから放射能が検出されたという事件についてである。特定の期間に製造された粉ミルクから放射能が検出され、メーカーが公開して回収することになった事件であった。検出された放射能値が政府の定める安全基準値を下回っていたから、製品を回収するかはたまた「これくらいは安全だ」と称して開き直るかはメーカーの判断によるのかも知れないけれど、継続企業としては回収を選択したということなのだろう。

 そのことはいい。回収するとの選択は企業として当然だったとも思う。でも私にはこの回収が原発事故のあった3.11から9ヶ月も経てから発表され実行されたことにどこか違和感が残ったのである。それはこの汚染が埼玉県春日部市の工場で起き、それも原発事故の起きた3.11から数日後の14日〜20日に製造されたことが同時に発表されたからである。粉ミルクの乾燥にあたり大量の空気が必要であること、そしてその空気は外部からフィルターを通して換気扇で取り込んでいたのだそうである。だがそのフィルターの密度が製品の製造には十分であったけれど、放射能のチリをきちんと取り除くためには不十分であったとのことであった。

 製品に放射能が混入するには色々なルートがあるだろう。今回の製造ルートもそうだし、場合によっては原材料への混入や製造工程や流通を通じた従業員や第三者による意図的な妨害まで考慮に入れるなら、可能性としては無数といってもいいくらい多様である。メーカーとしての事前チェックの限界を超えている場合だってあるだろう。

 でも、でもである。今回は埼玉工場での空気の取り込みが原因である。原発事故があって放射能が周辺各地に拡散していったことは、事故後間もなく日本中が知った事実である。東京都内の水道水にまで警告が発せられたことは記憶に新しい。間もなくSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム・文科省管轄)と呼ばれる拡散を予想した地図が公表され、野菜だお茶だと汚染の拡散は具体的な放射能値として新聞を賑わしていった。
 そして埼玉県は事故の起きた福島県と水道騒ぎのあった東京都の近隣県として、風雨を通じて放射能が拡散した地域に入っていたのである。

 そこでである。そんな状況下にあってメーカーはもとより、少なくとも埼玉工場に従事する人びとは、誰一人として自らの疑問として「製造過程で取り込んでいる空気を通じて放射能が製品に紛れ込むようなことはないだろうか」と考えなかったのだろうか。工場の従業員が何人いるのか分からないけれど、工場長を含め製造に関わる従業員は多数いたはずである。そうした人たちの誰からも、「もしかしたら・・・」の声が一つも出なかったのだろうか。その点が私には気になって仕方がなかったのである。もちろん「もしかしたら・・・」は単なる疑問である。測定してみなければ実態は分からないだろう。でも少なくとも疑問を持つことくらいは誰にでもできただろうし、その疑問を組織に伝えることくらいはできたと思うのである。

 でもそうした疑問に対処するような動きのなかったことは次の新聞記事で知ることができる。その報道はまさにメーカーには全従業員を含めて「もしかしたら・・・」との疑問を抱くという、これしきの想像力すらなかったことを意味している。

 放射能粉ミルク報道の続報によれば「・・・(明治乳業)は・・・粉ミルクから放射能セシゥムが検出さたれ問題で、公表したきっかけより2週間早い11月中旬に検出の情報が(インターネットで)寄せられていたことを明らかにした。同社は詳細な情報が得られなかったため詳しい検査はしなかったとしている。・・・」(2011.12.10、朝日新聞)のだそうである。
 つまり寄せられた情報について企業は、「情報の信頼性が乏しい」もしくは「自社の検査体制が万全である」との判断のもとで無視したのである。その判断が誤りであったことは、通報から二週間を経て製品回収に動いた事実がはっきりと示している。

 それにもかかわらず私は、メーカーが下した最初の判断にも嘘があるのではないかと思っているのである。その根拠を具体的に示すことはできないから、言ってみれば単なる憶測や中傷になるかも知れない。でもあれだけ放射能が拡散した事実を福島県はもとより茨城や埼玉や東京の住民まで知り得たのだし、また連日テレビに報道されたことから粉ミルク製造に関連する人びとの多くも知っていたと思うのである。空を飛んだ放射能が茨城や千葉を越え東京の水源地まで届いたのである。それをフィルターを通しているとは言っても外部から空気を取り込んで製品を製造しているメーカーのスタッフの誰もが気づかなかったとは思えないからである。しかもどこまで確証のあるデータだったかはともかく、そうしたサインが事前にあったにもかかわらず検証しようとすらしなかったことは、内部でこの事実を隠そうとしたからなのではないかとの疑いを抱かせる十分な根拠になるのではないだろうか。

 常識的に考えて私は、従業員等の内部関係者からも放射能汚染の可能性について何らかの示唆があったと思うのである。その示唆は安全な食品を提供することを目的とする食品メーカーの関係者としては当たり前のことだったと思うのである。にもかかわらずメーカーもしくは組織はその示唆を、その後の外部から情報提供も含めて根拠のない疑いだとして無視し続けたのではないかと思うのである。

 メーカーが製品の回収を製造日を特定して公表したことは、放射能がその製品から検出されたことを示している。つまり、きちんと測定ができていれば事前に出荷しないか回収に回るとの選択ができたことでもある。
 疑心は暗鬼を生む。もしかしたら「基準値内なのだから大丈夫」との思い込みで利潤追求に惑わされ、あえて流通させてしまったのではないだろうか。そしてそれが頬かむりできないまでに報道に晒されたことから、いやいやながら製品回収へと向うことにしたのではないだろうか。

 証拠のない「たら・れば」を持ち出すことは私の嫌いな思考方法である。そしてここで述べた私の意見はまさに「たら・れば」によるものである。それにもかかわらず私は、埼玉県の上空を放射能を含んだ物質が漂っていたことは誰もが知り得た事実ではないかとの思いと、メーカーの発表が原発事故発生から9ヶ月も経ていた事実を重ね合わせることで、どうにもやりきれない想像を働かせてしまうのである。製品回収とは流通してしまっていることである。無策のまま放射能を含んだ粉ミルクを流通させてしまったメーカーの責任は重い。たとえその値が政府の定める基準値内であるとしても・・・。


                                     2011.12.21     佐々木利夫


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これしきの想像力