つい最近の新聞で、SL(蒸気機関車)の4分の1のミニチュア模型を作ったとの記事を読んだ(朝日新聞北海道版、2012.9.23)。ここでそのことについて書こうと思ったわけではない。この記事を読みながら、模型の4分の1というのは長さだけでなく高さであるとか幅なども同じように4分の1になっているのだろうなと思ったことについてである。つまり、4分の1の模型を作るということは、例えばもとの形が1メートル四方の正方形だとするなら、各辺が25センチのサイコロを作るということだと思ったのである。

 と言うことはSLだろうがサイコロだろうが、上下左右どこから見た面積も4分の1×4分の1の16分の1になるということであり、体積は更にこの4分の1である64分の1になるということである。だとするなら、本物のSLと同じ材料で模型を作った場合、重さもまた64分の1になるということでもある。もちろん実際は本物と同じ材料を使うことはないだろうし、見えない部分の部品などは省略されるだろうから更に軽くなることだろう。

 こんな愚にもつかないことを考えながら同じ新聞を繰っていたら、これに似たこんな記事が載っていた。小学生に独特な方法で授業をしているユニークな教師を紹介する特集記事である。今日の科目は算数で、記事のタイトルは「何枚食べれば同じ量?」であった(同上朝日新聞)。その記事はこんな書き出しで始まっていた。

 「大きなホットケーキと、直径が半分の小さなホットケーキがあります。小さなケーキは何枚で大きなケーキと同じ大きさになりますか。・・・先生は直径20センチのピンク色の円と直径10センチの黄色い円を黒板にはり、同じものをみんなにくばった。どうすれば比べられるかな?。・・・小さな円の直径は大きな円の半分だから、子供は小さいホットケーキを2枚、先生は大きいのを1枚食べればいいね。先生はわざと言った。ダメダメ、2枚じゃ足りないよ、みんなからブーイングだ。・・・計算でたしかめてみる。・・・」

 結局円の面積を計算して大きな円の面積は小さな円の面積の4倍であることが分かり、「図から式、式から図を考えながら、両方をつなげてイメージを強くしたいと先生はねらいを語る。子どもは2倍2乗を混同しがち、図と式でおさえることで、公式をしっかり理解できます」と続く。

 私はこの記事を読んで、「あれっ、どこか変だな」と感じたのである。それは冒頭に書いたSLのミニチュアの記事が頭にあったからなのかも知れない。先生がテーマとしたのは「ホットケーキ」である。ホットケーキはせんべいではない。蜂蜜やシロップがたっぷりかかっているかどうかは別にしても、ふっくらと厚みのあるパン状のお菓子である。だから子どもの興味をひこうと先生も題材として取り上げたのであろう。

 ここまで書いたら分かると思うのだが、先生はホットケーキを題材にしておきながら、生徒に示した図形をボール紙の円盤にしてしまったのである。先生はホットケーキを厚さのない単なる薄いせんべいにしてしまったのである。この事実に先生もこの記事を載せた記者もまるで気づいていないのである。厚さのあるホットケーキと薄いせんべいとでは意味がまるで違うことに気づかないまま、生徒もその錯覚に気づくことなく授業は進んでいく。
 授業は更に進んで、今度は直径5センチの小さなホットケーキまで登場させ、16枚食べるともとの20センチのホットケーキと同じになりますとの正解へと話は進んでいく。

 私が気になったのは、このテーマには厚さの概念が始めからなくなっていることである。私はホットケーキの厚さを測ったことはないけれど、直径20センチのホットケーキなら恐らく4〜5センチ、いやもつと厚いのではないだろうかと思うのである。この授業の正当性を担保するには、直径が半分の10センチのホットケーキも4分の1の5センチのホットケーキも同じように厚さが5センチなければならないことになる。
 だが私ならそんな直径5センチ高さ5センチもある円筒状のものを、ホットケーキとは呼ばないと思うのである。ホットケーキと呼びたいのなら、直径10センチのものなら厚さも半分、5センチなら厚さも4分の1になってやっとホットケーキらしい形になると思うからである。

 こんな言い方は単なる屁理屈だと思うかも知れない。でも生徒はホットケーキをボール紙の円盤にされてしまったときに、基本的な高さの概念を失なわされてしまったのである。話題をホットケーキにしたことを批判したいのではない。先生はホットケーキの例示としてボール紙の円盤を渡したときに、「どのホットケーキも同じ厚さ(高さ)だとします」と授業の前提をきちんと生徒に示すべきだったのである。そうでないと、教えられた生徒は5センチのホットケーキ16枚で20センチ1個と同じだと錯覚してしまうのである。ホットケーキとはせんべいとは違うのだから、16枚では足りないのである。もし厚さも4分の1になっているとしたなら、64個食べないと元になったホットケーキとは対抗できないことになるからである。

 でもこの話を読みながらもう一つのことを思い出した。授業で習った記憶はないし、自分で思いついたような記憶もないので、恐らく何かの本で読んだものなのだろう。それは「地図の面積を秤で量る」という非常識なものだった。目の前に縮尺の示された地図があるなら、それは北海道でも日本列島でも、なんなら札幌市だってかまわない。さて対象を北海道の面積にしよう。眺めているだけで面積が計算できるわけではない。一番最初に考え付くのは、正方形で北海道地図を埋めていくことである。どんな大きさの正方形でも縮尺を使って正確に実際の面積を計算できるから、中に埋める正方形をどんどん小さくしていくことで小さな半島や曲がりくねった海岸線にも沿わせることができる。その北海道の内部に埋まった小さな正方形の数を数えることで北海道全体の面積の計算ができることになる。

 ただ技術的にいうと、正方形をどんどん小さくしていくとその一辺の長さを測ること自体がとても難しくなってくるので、正方形の面積そのものが不正確になってしまう。そこで代わりに登場したのが秤である。もちろんこれも技術的にどこまで正確に量れるかという限界はあるのだが、発想がユニークだったこともあって、今でもその記憶が残っている。

 方法は、その地図を切り抜くのである。もちろん切り抜きができないような場合は模造紙などを使って正確に北海道の輪郭をなぞり、それを切り抜くことになるだろう。切り抜いた地図をボール紙に貼り付け、その重さを量るのである。今度は切り抜いた地図と同じ紙質の紙をある程度の大きさでボール紙に貼り付けるのである。そしてそのボール紙を正方形でも長方形でもいいから地図を貼り付けた重さと同じになるように切り取っていくのである。

 秤で量ったのは重さ、つまり体積と比重(材質による重さの違い)の結果である。地図と長方形とは同じ材質でできているから比重を考慮する必要はないし、この両者の体積も重さも同じになっている。ところで立方体の体積は、たて×よこ×高さである。だがこの両者、つまり切り抜かれた地図も、それと同じ重さの長方形も同じ厚さのボール紙でできているから、高さは同じである。とすればその高さが1センチだろうが1ミリだろうが、体積計算から同じ因子として省略できることになる。残るは「たて×よこ」だけであり、これは面積を示す公式である。それに縮尺から計算したその地図における1平方センチメートルの単位面積を乗ずることにより、ここでものの見事に北海道の面積が出てくるのである。

 もちろんこれも単なる頭の体操であり、厳密な意味で正確な面積が計算できるわけではない。それでもここでは「厚さは一定」というきちんとした理屈があり、それを使うことで通分によりその変数を消去できるというなんとも思いつかなかった技術で、秤で面積を知るという奇想天外な発想に到達したのである。もちろん、もちろん、先にも書いたようにこれは私の思いついたことではない。どこかで読んでなるほどと感心し、今でも頭の隅に残っているどうでもいい知識の欠けらである。

 物事を分かりやすくすることは大切なことである。そういう意味で、ホットケーキの先生がボール紙のホットケーキを生徒に渡したことの意味を理解できないではない。でも簡略化は時に大きな誤りを犯す場合がある。私が税務職員だったときに、そのことはいつも気にかけていた。税法も法律であり、特に租税特別措置法などは私たちでも難解だった。これを分かりやすく納税者に伝えるのも職員としての義務であるが、分かりやすくということはどこかを省略することでもあり、場合によってはその省略が嘘を伝えることになりかねないことも考えなければならないからである。

 ここではホットケーキの先生は、大切な高さの概念を無意識に消してしまい、しかもそのことにまるで気づいていない。もちろんだからと言って、子どもたちが実際にほかほか焼き立てのホットケーキを目の前にしたときに、直径20センチ1枚と5センチのホットケーキ16枚とを同量と混同するとは思えないのではあるが、それは直感としての見た目のホットケーキのヴォリュームにあるからなのではないかと思うのである。

 もしどこかにこの先生に教えられた記憶が将来ともに生徒の頭に残っていたとするなら、例えば長さが2倍の紙を使ってわが子に紙飛行機を作ってやったとき、翼の面積も全体の重量も良く飛んだ手ごろな紙の飛行機とはまるでバランスがとれていなくて、飛ばない紙飛行機になるであろうことに気づかないのではないかと思ったのである。まさに余計なお世話といえばそれまでのことではあるけれど、正確さと分かり易さとは時にどこかで矛盾する落とし穴を含む場合のあることを忘れないようにしたいものである。


                                     2012.10.3     佐々木利夫


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