コマーシャルを耳にしただけで結局その番組は見なかったのだが、カバンをめぐる人の思いを連ねたテレビ番組が最近放送されたらしい。そしてつい先日、これまで使っていたカバンのファスナーが壊れてしまったことから新しいカバンを購入した。カバンといっても特別なものではなく、単なるビジネスバッグと呼ばれる書類入れである。テレビでのカバンに対する人の思いがどんなものだったか見なかった私には分からないけれど、私の人生にもいくつのカバンが手許を通過していったことに少し思いが広がった。

 高校を卒業して税務職員として定年まで勤め上げ、こうしてその延長ともいえる税理士稼業を続けている現状はまさに税金一本やりの人生であった。そうした人生においてカバンはまさに必需品であり、同時に伴侶ともいえる存在であった。筆記具はもとよりそろばんや電卓、更にはメモ用紙や税務調査に必要な様々な用紙の入っているカバンは、ないと困るというのを超えてなければ仕事にならないほどの意味を持っていた。

 私が職場に入った昭和30年代は公務員もいわゆる半ドンといわれる土曜日も昼までの勤務だったから、毎週月曜日から土曜日までの6日間は毎日のようにカバンをもって通勤し出張するのが当たり前の風景であった。もちろんカバンが伴侶だといったところで人間の体より長持ちするわけではなく、数年で擦り切れたり型が崩れてきたり汚れたりしてくるから、そのたびに買い換えなければならないのは必然であった。それでも使い古したカバンにも多少の愛着はあったのだろうか、革製品などは多少の傷はともあれ滑らかで柔らかいものもあったから、それを分厚い税法書類を切り取って持ち運びできるような冊子の表紙に再利用したことも記憶している。

 ともあれ私の行動には常にカバンがつきまとっていた。家を出るときもバスに乗るときも、カバンはいつも私の傍らに鎮座していた。仕事関係の書類の持ち帰りなどは禁止されていたから、仮にカバンを紛失したところで上司に叱責されるような事態になることはなかっただろうけれど、仲間との飲み会でも傍らには筆記具やそろばんなどの入ったカバンは常に寄り添っていたのである。そうした意味で抽象的には女房よりも付き合いの長い伴侶だったといえるかも知れない。

 そうした習慣からなのかどうかはともかくとして習い性とは恐ろしいもので、カバンを持たないで歩いているのがどうも不安定なのである。何かが欠けている感じがすぐに湧いてくるのである。それは「カバンを持って歩く」ことをスタイルとして意識しているのではなく、例えばコートを着るのを忘れて家を出ることはあっても靴をはかないで外出することなどないような一つの生活のパターンでありリズムの一つになっているということである。

 通勤や飲み会などでのカバンに特別な書類が入っていることはないと言ったが、それでも地方に出張するときや職場から仕事先への往復などの場合には当然に秘密とも言うべき種類が入っている。100万円をカバンに入れて運ぶような緊張感とは少し違うとは思うけれど、それでも他人に知られてはならない情報がカバンに詰め込まれている事実に違いはない。だから私だけではないだろうけれど、「カバンを忘れるな」は公務員生活をしている私にとっては生活習慣の基本にあったのである。

 そうした習慣の中で「カバンがない」との思いは、一種の強迫観念にもなってくる。カバンはあくまで仕事用だから、休日などで外出するときには必要がない。手ぶらで歩くこともあるだろうし、リュックを背負って山野を歩くことだってある。時には知人を訪ねたり趣味の旅行に行くことだって日常である。それでも強迫観念はそんなことに構ってはくれない。数分、数十分おきに「カバンがない」との思いが突然に、しかも何度も胸元から涌きあがってくるのである。そのたびに「今日はカバンを持って出てこなかったのだ」と自分を説得し、そして納得させるのだが、しばらくするとまた突然に「カバンがない」との思いが浮かんできてしまうのである。

 長い人生で、実際にカバンを置き忘れたことがあったか思い出してみてもほとんど記憶にない。まあ、入っている書類などの中味によっては懲戒処分を受けるような場面も考えられなくはないのだし、それだけ神経質にカバンの有無を自分に確かめているのだから当たり前といえば当たり前のことかも知れない。それでもこの「カバンがない」との浮かび上がってくるハッとする思いの冷たさには格別なものがある。カバンを持っているときには決してそんな思いは浮かばない。持っていること自体が自分の体の一部になっているのかも知れないし、カバンを含めて我が身一体になっているのかも知れない。

 こんな生活を長年続けていると、仕事にしろ仕事以外にしろカバンを持たないことが当たり前のときであっても、「カバンを持っていない」ことが突然の不自然さとして迫ってくるのである。どこかへ置き忘れたのではなく最初から持っていないにもかかわらず、持っていないという事実がまさに悪夢か冷水を浴びせるかのように私を責めたてるのである。もちろん「今日はカバンを持ってきていない」と自分を説得し了解し納得させる。それでもものの数分とたたずに再び「カバンがない」という悪夢が襲ってくるのである。何度も何度も、くり返しくり返し・・・。

 その悪夢はまさに一瞬で終わる。悪夢が襲ってくると同時に「持ってきていない」との自らによる説得もほぼ同時に進行していく。だから誰かと会話していたところでその悪夢に気づかれることなどないくらいの瞬間である。でもその瞬間という奴がなんとも冷たく重たいのである。

 職場を定年で退職し、事務所を開設して自宅から通うようになった。事務所は私だけの城だし、自宅にまで仕事の書類を持ち帰ることは決してない。もちろん顧問先の書類を預かるなどにカバンを利用する場合もないではないけれど、可能な限り相手から届けてもらうようにしているから、私のカバンの中に秘密じみたものは存在しなくなっている。せいぜいが図書館から借りた本であり、私の予定を記した手帳であり、エッセイのヒントが頭に浮かんできたときのための筆記具とメモ、そして時にそれほど多額ではない財布くらいなものである。だから仮にカバンを紛失したところで、かつての職場にいた当時の責任の重さとは比べ物にならない。

 そんな状況の変化もあって事務所通勤は、土曜日と日曜日に限ってカバンに代えてリュックを利用することにした。両手が空いているし、何といってもカバンと違って背負うことで重さをまるで感じないことが気に入った。しばらくそうした通勤が続いた。でもそのうち駄目だと気づいたのである。両手をぶらぶらさせての通勤は、その日が休日で仕事とはとりあえず無関係な行動だと言い聞かせているにもかかわらず、現役時代と同じように「カバンを忘れた」とのメッセージが何度となく襲ってくるのである。何十年も続いた習慣は、それと同じ習慣を退職後も月曜日から金曜日まで繰り返してきたことともあいまって、もうすっかり私の体の一部になってしまっているようなのである。「カバンを持ちながら歩く」という動作は、私にとってはまさに麻薬中毒の依存症のようなものになっているらしく、禁断症状たる「カバンを持っていない」との脅迫が一日中休みなく続くのである。

 かくして私は新しいカバンを手に入れた後も、それを土曜日曜祝日を問わず、禁断症状が現れないようにいつでも身に付けることにしたのである。可哀想ながらリュックは我が家の部屋の片隅に忘れ去られたように放置されたままになっていて、再度の登板など恐らくないことだろう。
 たとえ私にとってカバンを持って歩くという習慣が、仮に強迫観念症の一種になっていると診断されようとも、少なくとも「カバンを忘れた」との、あの冷たくて重たい喉下へ突きあがってくる恐怖からは解放させてくれている。たとえその中に電車で読む一冊の本とハンカチとメモと筆記具程度の軽いものしか入っていないにしてもである。


                                     2012.2.2     佐々木利夫


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カバン依存症