新聞に載ったどうってことのない記事である。新聞記者がオーストラリアで食べた「熱々のステーキ」で気になった話である。「・・・でも、何か違う。牛肉でもラムでもない。この味は?・・・」と感じた記者がシェフかコックかに尋ねて、それがカンガルーの肉だと聞いて驚いたという話である(2013.12.22、朝日)。ただこの記事はこれに続けてご丁寧にも、シドニー大学農業・環境学部のピーター・アンプトとやらの博士に話を聞き「わずか3%の脂肪に、健康に良いとされるオメガ3が豊富。糖尿病やコレステロール値が高い人に特におすすめ」と太鼓判を押したとの談を載せている。

 カンガルーを食うことを否定したいのではない。私だって鹿や熊の肉を食べたことがあるし、世界中には鳩や犬猫からトカゲや猿まで食う国だってあるのだから、食う動物の種類についてとやかく言いたいのではない。さすがに「人の肉」には抵抗があるけれど、特に動物愛護の精神に富んでいるのなら格別、「○○の肉」を食うことを批判するのは筋違いだろう。
 またカンガルーの肉に脂肪が少なく、オメガと呼ばれる成分(この成分について私はまるで知識がないし、新聞記事にも何にも解説されていない)が他の肉よりも高いことも、データで確認したわけではないけれど認めることにやぶさかではない。

 ただ、そのことと「糖尿病やコレステロール値が高い人に特におすすめ」と、大学の博士がしたり顔で言うのとはどこかで線がつながっていないように思えたのである。少なくともこの記事による限り、カンガルーの肉に対しての評価は「脂肪が3%であること」と「オメガ3が豊富なこと」だけである。脂肪が少ないことは分ったし、脂肪の多い食生活を送っていると肥満につながるとの一般論も理解できる。だが脂肪3%という数値は、果たして他の鶏や牛や豚などに比べてどのような位置にあるのだろうか。

 私はこのカンガルーの肉だけを批判しているわけではない。脂肪が少ないとして宣伝している肉は、例えば鶏肉、例えばラム肉などと結構多いのだが、果たしてカンガルー肉はそうした肉よりも低いランクにあるのだろうか。そして「脂肪の少ない肉」というのが、例えば味や顧客の満足度とどのように関係しているのだろうか。脂肪の少ない肉の推奨は、肉を止めて「おから」を食えと勧めることと、どこが違うのだろうか。

 そんなに味について語るほどの知識ないのだが、例えばアメリカの牛は脂肪が少なくてステーキがパサパサして不味いとか、神戸牛などの高級肉は脂肪が多く満遍なく含まれるように特別に肥育しているだとか、肉の部位によって脂肪の含まれ方が違い、脂肪の多さが味の良さにつながつているなどは、よく聞く話である。また最近話題になった食品偽装でも、赤みの肉に人工的に脂肪を注入して高級和牛として売り出していたなどの例もある。

 つまり、どんな場合もそうだと言い切るだけの知識はないけれど、脂肪の多さと美味さというのはある程度関連しているのではないかと思う。つまり、脂肪が低いということは、ステーキやすき焼きなどの肉としてランクが下になるのではないかということである。

 だとするなら、このシドニー大学の博士の談話は、「不味いとしても、健康にいいのだから食え」ということを言いたいのだろうか。それともカンガルーの肉には血糖値を下げ、コレステロールを下げる効果があるなど糖尿病に有効なことを言いたいのだろうか。私がオメガ3についての知識がまるでないことは既に言った。だからオメガ3にそうした効果があるのなら、そのことをきちんと説明すべきではないだろう。

 私はこの博士の一言が、単なるカンガルー肉販売会社の宣伝やキャッチコピーに過ぎないのなら特に気にことはなかったと思う。世の中にイチョウの葉っぱやサメの軟骨、その他自然に生えている草や果実、果ては落ち葉などにいたるまで、その含まれている微量成分を捉えて万病に効くかのような効能を謳う健康食品は山のように存在しており、そんな効能に人びとは慢性化しているだろうからである。でも博士としての肩書きを示してのこのような言い方は、科学者の発言としては許されないような気がしてならないのである。

 それとも博士が言いたいのは、「どんなことを言ったところで人はどうせ同じ量の肉を食うことになるのだから、それならば味は度外して牛肉や豚肉よりはカンガルーを食え。そうすることによって多少は脂肪の摂取を減らしオメガ3の摂取を増やすことができ、いささかなりとも健康に利するところがある」ことなのだろうか。もしそれが本音なら、この博士の言葉はカンガルー肉販売業者の手先になって販売促進に寄与しているだけのことでしかない。

 ネットで調べてみたら、オメガ3とは一般に魚油や亜麻仁油などに多く含まれている不飽和脂肪酸の一種であるらしい。そしてこれを含むサプリメントの類はけっこう売られているから、いわゆる健康食品の一種なのかも知れない。そして恐らくそうしたサプリメントに比べるなら含有量が少ないであろうカンガルー肉に対して、科学者が「糖尿病かコレステロール値の高い人に特におすすめ」と言い放つことには、不信を越えて憤りみたいな感情まで抱いてしまったのである。

 冒頭にも書いたとおり私は特にカンガルー肉を食べることに違和感を持ったわけでも、反感を抱いたわけでもない。確かに日本人である私たちの食生活とカンガルーを食べることとは必ずしも整合性が取れているわけではない。噂にしか過ぎないが、私たちがジンギスカンなどで口にする羊の肉はオーストラリアからの輸入が多いこと、その中にはカンガルーの肉が混合されて冷凍スライスにされている、などの話を聞いたことがあるけれど、それを確かめたことはない。

 最近の食品偽装などの話題から比べるなら、このカンガルー肉の話などはどうってことのない話題である。ただ最近は食品を巡る味や成分に関して、針小棒大な話が際限なく広がってきているような気がしてならない。肉や魚を焼いていて、フライパンなどに染み出た油をキッチンペーパーでふき取ることで、「脂肪を除くので健康的」だとか、付け合せにほうれん草を少し加えた料理に「緑黄野菜は健康にいいです」などをいかにももっともらしく言い添えるなどは、言ってることが嘘でないことを理解しつつも、本当のことを言っているよりももっと嘘っぽいような気がしてならない。前にもどこかで触れたような気がするけれど、ボートから海にコップ一杯の水を注ぎ、「これで海の水がコップ一杯分だけ増えた」などと言っているのと同じような意味しかないのではないかと思ってしまうのである。

 こんな話題は、カンガルーの肉を食うチャンスなどこれからも皆無だろう年寄りの、そして暇人の身勝手な屁理屈である。もし仮に私が糖尿病にかかったとしても、そしてカンガルー肉がいかに「特におすすめ」であろうとも、物珍しさから口にすることはあるかも知れないが、決して「健康にいい」「治療に役立つ」という視点から手を出すようなことはないだろう。
 「特におすすめ」なのだから、きっと糖尿病の治癒に有効なのだろうが、肉そのものを食うのを自粛するようなことがあったとしても、あえてカンガルーを食うことはないだろう。このシドニー大学の博士は、一体どんな思いでカンガルー肉を「特にすすめた」のだろうか。販売業者の尻馬に乗っただけという理解では彼をあまりにも馬鹿にしていることになるし、逆に本当に糖尿病の治療に有効なのだとするなら、データを示すことなく掲載した新聞記者の調査不足は余りにも明らか過ぎるような気がする。


                                     2013.12.27    佐々木利夫


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