「・・・発症したのは24歳。それから8年がたっていた。周りの友人たちが当たり前のようにしてきたことは、何もできないまま過ごした20代だった。もう30代だ。やり残したことはないかと考えた。『結婚したい』」。朝日新聞で特集している「患者を生きる」と題する記事で紹介された、ある難病の女性患者の思いである(朝日、2013.6.22)。

 熱心ではないけれど、健康に関する特集記事なのでそれなり通読している。いつも通り読み飛ばしていて、ふと気になった。それは彼女が結婚を「やり残したこと」と捉えていたからである。私は男だし、それに既に70歳を超えているから、この女性の抱く結婚観については、時代も世代もしたがって思いも違うだろうことは分らないではない。私の結婚観など、いまどき通じない時代遅れの考えなのかも知れないからである。

 それでも結婚を「やり残したこと」と捉えることには、どうしても違和感が感られじて仕方がなかった。そして彼女はその思いを実現させた。彼女の行動の経過を分解するなら、まず「やり残したことはないか」と最初に考え、次に「そうだ結婚することだ」と思いつき、次いで結婚相手を見つける行動に出て、その上で結婚したということになる。

 私の抱く違和感は結婚というものを、「結婚したいと思う相手が現れた」ときに「結婚したい」と考えるものではないか、つまり相手の存在が先行しその後に結婚があるのではないかと思っているからである。

 結婚の動機や経過は様々であろう。そしてそれは時代と共に変遷していくものでもあろう。見合い結婚が主流で、相手の顔も分らないまま結婚したという話しや、結婚式当日に始めて新郎の顔を見たという話を聞いたこともある。結婚の意味だって、単に家系を残すための手段、つまり「女性は子供を産む道具」としか考えていなかった時代もあっただろう。
 そうした時代では、恐らく恋愛結婚などというスタイルは、場合によったら歌舞伎や浄瑠璃の心中物の中という、架空の世界でしか存在しないほど希少だったかも知れない。そうした時代であれば、まず女性の意味は子供を産める年齢への成熟が先にあって、次いで「そろそろ歳だから結婚させないとならない。ついては娘に見合う相手をさがしてもらおう」というように親が考えたとしても不思議はないだろう。

 でも彼女が投書したのは数日前のことである。結婚をどう考えるかが個人に委ねられている現代での話しである。先に抽象的な「結婚願望」があって、次いで合コンなり集団見合いなり結婚相談所への登録などがあったところで、それはそれぞれの個人の思いとして許されることだとは思う。それならば、ある女性が今回の記事のような考えを抱いたとしてもいいではないか、と思わないではない。

 それでもなお私は、この記事の彼女の思いには引っかかるのである。私の思いの基本は、相手がいて結婚したいと思うことへつながるものである。ただ、仮に抽象的に「結婚したい」との思いが先行したとしても、そのことがまるで許容できないと言うわけではない。しかしながら、結婚を「やり残したこと」の一つとして考えることにはどうしても賛成しかねるのである。

 私にはそうした結婚がどうにもみすぼらしいものに思えて仕方がないのである。そして「やり残したこと」の対象として選ばれた相手(この記事の場合は男性になるけれど)とっては、結婚の意味と真っ向から対立する思いで選ばれたように思えてならないのである。そんな男性がかわいそうに思えてならないのである。

 先に書いたように、見合いの話しだけで相手の写真も見ないまま結婚し、それから数十年夫婦として幸せに暮らしたと言う話しを聞かないではない。また夫婦間の愛情は恋愛だけでないことくらいも知らないではない。むしろ、結婚してからの夫婦のあり方というか付き合い方にあるのかも知れない。離婚の多い現代の風潮は、これまでの結婚観に私たちがとらわれ過ぎてきたことへの反省かも知れず、もっと言うなら結婚にそれほどの重さを感じる必要のない時代への変化を示しているのかも知れない。

 だとするならここに書いたことは、旧い考えにとらわれた老人の単なる繰言かも知れない。ただそれにもかかわらず、このような経過で選択された結婚の対象者が、私にはどこか可哀想というか惨めと言うか、そんな気がしてならないのである。この記事の彼女は相手たる男性を、好きだからではなく、単にやり残したことの一つである「結婚」を実現するための手段として選んだことになるように思えてならないからである。

 まあ、「結婚なんてそもそもそんなものさ」という、誰とも知れぬ呟きがどこからか聞こえてくるような気のしないでもないのだけれど・・・。


                                     2013.7.10    佐々木利夫


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