私は始めは本当にこのタイトルのように信じていた。他人が風邪をひいているかどうかは、多くの場合外見からは分りにくい。例えば一緒に住んでいる女房にしたところで、本人が熱があるなどと訴えない限り、咳が多いとかテッシュペーパーの使用量が多いなどの外見から間接的に想像するしかない。

 ましてや私の交際範囲の人々であっても、そこまでの情報が入ってくることなどは珍しいから、結局は他人の風邪を知る機会はとても少ないといえよう。にもかかわらず、「女は風邪をひきやすい」と感じる現象が身近に起きていると思ったのである。

 「女は風邪をひきやすい」との判断は、一種の統計的な言い分である。たまたま隣の女性が風邪をひいていることが分った程度では、「女は・・・」などと言えないだろうからである。それが極めて確信的に「女は風邪をひきやすい」ことの伝わってくる現象が、しかも最近になって私にも見えるようになってきたのである。

 それは女性のマスク姿が増えたからである。私が個人的に女性と出会うチャンスは、たまに行くスナックのママさんくらいでほぼ皆無に近い。だから通勤途上でのすれ違いが最多の機会だと言ってもいいだろう。毎朝自宅を出て駅まで数分歩き、JRでやや混雑している電車を二駅過ごし、着駅の雑踏を商店街沿いに30分ほど歩いて事務所へ向かうのが日課である。そんな毎日の風景の中で出合う女性は、通勤客の多い時間帯であることもあって、比較的若い人が多い。それは帰宅する午後6時過ぎでも同じようなものである。つまりは、私の女性との出会いとはこの程度のものであるということでもあろうか。

 そんなとき、マスク姿の女性が目立つのである。気になって眺めてみると、通勤客はどちらかというと男性の割合がやや多いにもかかわらず、マスク姿は圧倒的に女性なのである。通勤途上に一人か二人見かけるのとは違う。スマホをいじくり回している人よりも多いと言ってしまうと大げさになるけれど、常に何人かの女性はマスクをしており、マスク姿の女性の乗っていない車両というのは、私の知る限り皆無と言ってもいいほどなのである。つまりマスク姿の女性は常にいるのである。いつも私の回りにいるのである。

 風邪をひいてマスクをするという習慣は、その効果はともかくとして日本では比較的多いように思える。だからそうした姿を見て、「この頃は風邪をひいている人が多いな」と思ったところで、別に違和感はないだろう。

 しかし、しかしである。そのマスク姿が女性に極端に偏っている現象には、どこか不自然さが感じられてならない。男女で風邪の罹患率に差があるのかどうか、私の知識の中にはない。また、そうした風聞も聞いたことがない。なんとなくではあるけれど、男女で風邪の罹患率にそれほどの違いはないというところが妥当なのではないだろうか。

 そうだとすると、目の前の現象の不自然さは、私の抱いている風邪へのイメージとは違っていることになる。まず最初に「女は風邪をひきやすいのか」と思ったのだが、どうもそんなことでは割り切れそうにない。そして、マスクの原因は風邪をひいたことによるものではないのではないだろうかと思ったのである。

 だがこれもいささか変である。マスクは「風邪」特有の対策方法である。風邪とインフルエンザとは違うから、単に「風邪」と言ってしまうと間違いかもしれないけれど、仮に風邪とインフルエンザとをまとめて「風邪」と言ってしまえるなら、マスクは風邪特有の対症療法のひとつである。

 結核の咳や肺炎などでマスクの着用がどこまて推奨されるのか、そこまでの知識はないが、風邪=マスクは私たちの日常的な常識にまでなっているような気がする。そしてその常識に違和感を覚えたのである。

 だからと言って、マスクをしている見ず知らずの若い女性に向かって、「風邪をひいていて、そのためにマスクをしているのですか?」などと聞くわけにはいかない。若い女性が見ず知らずの老人からの唐突な質問に、しかも個人的な違和感を背景とした質問に、素直に答えてくれるとはとても思えない。

 そのことは、もし仮に私と女性客が逆の立場だったことを考えるとすぐに分る。マスクをしている私にそんな質問をされたとしたら、(若い女性からの質問という、非日常的なやや心地よい意外さはともかくとして)、素直に鼻ににきびができてそれを隠しているのですとか、歯並びが悪くてその隠蔽手段です、結核で菌の排出を防ぐためです、口臭がひどいものですからなどなど、どんな理由にしろ「余計なお世話」とばかりに本音の回答はきっと拒否するだろうからである。

 それでネットで検索してみることにした。キーワードとして「女のマスク」を入力した。どこまで私の検索意図に合致しているかはともかく、なんと6,530、000件という表示が出てきた。なんと6百万件を超えるサイトがこのキーワードで出てきたのである。しかもその上位にならんでいるのが、ずらりと「カワイイ女のマスク」を売りにしたショッピングサイトの情報であった。

 検索した意図と表示されたサイトがどの程度関連しているのかは分らないけれど、少なくとも女性にとってマスクは一種のファッションになっているということだけは分った。そしてそこまでの影響力がマスクに存在していることなど、私はまるで理解していなかったのである。

 女性のマスク姿が多すぎるような気がしたときから、先にも書いたように「風邪によるものではないのではないか」との疑念は抱いていた。そんな時に私が感じたことは、マスクの目的が「顔を隠す」ことにあるのではないかということであった。

 まさかにコンビニ強盗を意図して顔を隠しているとは思わなかったけれど、女性が自分の顔を隠したくなる心理について色々想像してみた。例えば、第一に考え付いたのが「化粧をしてこなかった」ことであった。つまり、すっぴんを他人に見られたくないとの思いである。また、化粧に失敗して、もう一度やり直すだけの時間が足りなくてそのまま外出してしまったような場合も考えられる。

 そのほか、最近の傾向に「小顔願望」があるらしいので、大きなマスクをすることで相対的に自分の顔が小さく見えるような心理も働いているのかもしれない。また、どこまでそう感じているのかは分らないけれど、「醜い私の顔」を隠すという心理だってあるのかもしれない。

 ただ、考えているうちに、もしかしたら「自分を抹消する」、そんな心理が働いているようにも思えてきたのである。目だけを出して髪の毛で顔の上半分を隠し下半分はマスクで覆う、そうすることで自分の顔全体を隠すことができ、その結果として「私はここにはいない」と自らを説得しているのではないかという思いであった。

 「自分がそこにいない」と自分を説得することで、「私は常に、誰の目にも触れない存在になれる」との暗示を自らに与えようとしているのではないかと思ったのである。つまり、「マスクに守られ、対人関係のない環境」をそこに築こうとしているのではないか、そうも思ったのである。それはそのまま「他者の拒否」でもある。

 自室に閉じこもる大人が増えているという。「ひきこもり」は、児童の「学校へ行きたくない、行けない」の程度を超えて、中高年にまで続く社会現象になりつつある。マスクで覆われた空間もまた一種の自室の延長であり、そこへの依存は「変形されたひきこもり」を示しているのではないだろうか。

 電車の通勤女性のマスク姿に、そこまで想像を膨らませるのは考え過ぎかも知れない。単なるファッションとして、「私がかわいく見える」程度のことなら、特に心配することもないだろう。また、中には本当に風邪をひいている女性もいることだろう。それでも、毎日毎日必ずと言ってもいいほど目に付く女性のマスク姿は、どこか異様である。そしてその異様さは社会現象と言えるほどにまで広がっているような気がして仕方がない。

 それともやっぱりこの現象は、タイトルどおり若い女性は風邪をひきやすく、その感染予防のためにマスクを常備しているのだと考えたほうがいいのだろうか。


                                     2017.9.30        佐々木利夫


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女は風邪をひきやすい