もう、昔と言ってもいいほど過去のことのような気がしているけれど、病院でのアナウンスや掲示板などで「患者さま」という言い方が流行し、それが気になって仕方がなかった。そうした違和感は今でも変わりはないのだが、今度はそれを超えるような「相談者さま」という使い方にぶつかって、いささか度肝を抜かれた。

 たまたま聞こえてきた程度の軽いものだったなら、それほどでもなかったと思う。だが、今回のこの言葉は一流ともいうべき新聞紙上で見られたものだから一層驚いてしまった。それも読者が投稿した文章の中にたまたま含まれていたという程度ならまだしも、一種の記事として掲載されていたことが驚きに一層の拍車をかけたのである。

 出所は朝日新聞、記事は読者からの人生相談に対する回答であった。朝日新聞では毎週一回、まとめて書評を掲載しているが、それと一緒に「悩んで読むか 読んで悩むか」というタイトルで読者からの相談コーナーを設けている。読者からの相談に対して識者というか著名人が、解決の手助けになりそうな書籍を紹介しつつコメントするものである。

 今回の回答者はある若い女性タレントで、「ペットは家族? 再婚相手に違和感」と題する59歳の男性からの相談であった(朝日、2017.11.19)。

 相談の概略はこんな内容である。「再婚しようと思う相手がいる。その相手は猫を飼っており、猫が死んだら家族の墓に納骨しようと考えている。・・・だんだん好みが合わないことが分ってきました。結婚の意欲も下がっています。

 べつに私が結婚するわけではないのだし、「だんだん好みが合わないことが分ってきた」と自覚しているのならその意思を尊重すべきだとも思う。また、結婚というはそもそもが他人が相手なのだから、好みが一致することなんてあるわけがないと考えて、ほどほどのところでの妥協を選択肢に入れたところでちっともかまわない。

 私が気になったのはこの回答者が相談者に呼びかける言葉として「相談者さま」という熟語を何度も使ったことであった。回答は冒頭から「相談者さまには」・・・この本をおすすめしますと書き始め、都合6回もこの言葉を使って相手に呼びかけていたのである。しかも更に気になったのは、この原稿は恐らく新聞社内部の校閲なり佼成を経ているだろうから、こうした使い方は新聞社として承認されているのではないかということであった。

 回答の内容が気に食わなかったというのではない。すすめている本が、この相談や回答にそぐわないと言いたいのでもない。ただひたすらに「相談者さま」という言葉遣いになじめなかったのである。

 話しかける相手に対して、回答者として何らかの敬語を使いたいという気持ちがまるで分らないというのではない。むしろ敬語なり尊称を使って呼びかけたいとの思いそのものは、理解できるようにすら思っている。それでもなお、この「相談者さま」という呼びかけには、違和感を超えて苛立ちまで感じてしまったのである。

 私には単にこの表現が違和感やよそよそしさや冷たさの程度を超えて、「相談者」に様(さま)をつけるのは、日本語としておかしいのではないかとの思いから抜けきれないのである。まるでかつて言い古された「お客さまは神さまです」の延長に「相談者」を置いているような気がしてしまったからである。

 相談者に敬語を使いたいと思うのは、相手を神格化したいからではない。相手とのコミュニケーションを良くするために日本人が日本語として開発した国語としての技術だと思う。一種の潤滑油としての用法である。ただ、そうした潤滑油としての役割りの中に、私は少なくとも「相談者さま」という使い方は含まれていないと思っている。

 尊敬語、謙譲語など、日本語の使いかたには難しい場面もあるけれど、過度な使いかたは必要以上に相手を持ち上げ、もしくは自らを必要以上に貶めてしまうのではないだろうか。

 「患者さま」という使い方は、今後「患者さん」と呼び代えることで大多数の病院で了解が得られたと聞いた。だからと言って「相談者さま」を「相談者さん」としたところで、これもまた日本語としてしっくりこないものがある。だとするなら単に「あなた」に変えるだけで、この違和感は解消するのではないかと私は密かに考えている。

 それとも、「相談者さま」という呼びかけは今回の回答者である女性タレントの単なる独創であって、今後この言い方が人口に膾炙していくか、つまり社会に広がっていくかどうかは世の中の流れ任せであると理解すべものなのだろうか。だとするならわざわざこうしてことさらに批判することそのものが、お前の取り越し苦労だと言われかねず、返す言葉もないのだが・・・。


                                     2017.11.23        佐々木利夫


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相談者さま