叶わない夢には叶わないだけの美しさがある、と言った人がいる。聞いたときには特に違和感はなく、聞き過ごしてしまった。でも、この一言がメモとして残されているのは、きっとどこかに引っかかるものを感じたからなのだろう。

 自作ホームページのエッセイも、10数年も続けているといつの間にか1400本にもなっていて、我ながら驚いている。多けりゃいいと言うものでないことくらい百も承知であるが、そのエッセイのほとんどは、こうしたメモか新聞の切り抜きを土台にしていることが多い。

 事務所の私の机の片すみは、こうした雑多なメモがいつも数十枚積み重なっている。このメモもいつのものなのか、普通は日付くらい書くのだが、ここには何の記録もない。最近なのか、数十日も前に残したメモなのか、今となっては確かめようもない。

 そのメモに、「自分の夢」、「他人の夢」の二言が付記されている。恐らくメモを作ったとき、「叶わない夢」という発想や言葉そのものに違和感はないにしても、その夢が自分の夢なのか、それとも自分とは無関係な他人が抱いている夢なのかで、意味が違うような気がしたのだと思う。

 人は得てして「他人の夢」には無関心である。それは少なくとも「私にとってどうでもいい」ことだからであろう。もちろん他人と言ったところでその距離は、親族であるとか恋人、更には近しい友人、あまり話したことのない隣人など多様であろう。また中には、見ず知らずの他人の書いた「私の夢」と題する文集などを読んだことによって知った場合もあるだろう。

 こんな風に書くとまたまた、私の陥りやすい「程度の罠」にはまってしまいそうな予感がするけれど、思い切って「私の夢」と「無関係な他人の夢」とに区分して話を進めよう。

 そうしたとき、他人の夢に人は驚くほど無関心であることに気づく。例えばテレビや雑誌で、地方都市の若い女の子が、アイドルを目指して努力しているような映像が流れることがある。また、演劇や落語や漫才に憧れて、ひもじさに耐えて修行を積むような姿が流れることもある。

 そうした夢は必ずしも芸能世界に限るものではなく、スポーツだって宇宙飛行士にだって、小説家や音楽家や保育士、医師など、恐らくあらゆる分野に共通していることだろう。

 そしてその夢の結果に対して人は驚くほど冷淡である。無関心である。多くの場合、夢は叶うことなく挫折していく。限られた何人かが成功への道を駆け上っていくとは思うけれど、多くの夢は挫折のなかに埋没していくことだろう。

 そうした挫折を、我が身の中で楽しみつつゆっくりと味わえる人がいないとは言わない。プロ野球選手として大リーグを目指したにもかかわらず、二軍選手として鳴かず飛ばずのまま生涯を終える人だっているだろう。むしろ、そうした人の方が大多数なのではないかと思う。だからと言って私はそこに何の感慨も感じない。

 老人になって、そうした夢に青春を燃やした自分を懐かしみ、平々凡々に終わった人生の中に、その余韻をしみじみと味わえる人がいないとは言わない。

 また、「夢なんてそんなもんなのさ」と開き直ってしまえる人もいることだろう。でもそのほとんどは、他人の夢だからこそ「叶わない夢には美しさがある」などと言えるのではないだろうか。それは他人の夢だからこその、その実現しなかった夢に何の利害もなかった無関心層の無責任な感想だからこそ言える感想なのではないだろうか。

 叶わない夢とは、挫折した夢のことである。そしてその夢が見知らぬ他人の夢ではなく、必死に努力して、その必死を更に乗り越えるべく努力して、そして叶わなかった自分の夢なのだとしたら、そこに「美しさ」などという中途半端で情緒的な思いなど果たして存在するだろうか。

 挫折の残骸は、血みどろのままである。傷口からはまだ赤い血がしたたっているのである。いずれその傷口はふさがるだろう。だが、傷がふさがったことで、その傷の原因となった夢とその挫折が美しく彩られるわけではない。残された傷跡はケロイドとなって、今も残ったままである。

 こう考えていくと、叶わなかった夢には、努力したその人の努力の跡が見られるかもしれないけれど、それを美しいと評価するのは、無責任な他者の視線でしかないと分る。そしてそれは決して美しいものではなく、叶わなかったという結果だけでなく、そこには後悔と苦渋と過ぎ去った時間の残滓が累々と積み重なっているのではないかと思ったのである。

 後戻りできない人生という時間の中で、「美しい」と他者が評価したところで、その評価が「叶わなかった夢」を抱いた者へ伝わることはない。「叶わない夢には、叶わないだけの美しさがある」という言葉は、実体からかけ離れた言葉だけの賛辞ででしかなく、「夢」そのものの評価、そしてその夢を抱いて挫折した者への直接の語りかけには、決してならないのである。


                            2018.11.10     佐々木利夫


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