スキマ産業という言葉が、世の中に広がってきた時代を詳しくはしらない。単なる私の不確かな記憶になるのだけれど、3〜5年くらい前からのように思える。ニッチ産業とも言われ、消費者のどんな望みにも応えられるような商品なりサービスの提供に努めることを指していたように思う。

 対象が「消費者の望み」なのだから、消費が望むであろうあらゆる分野にこうした意識が浸透するようになった。単に飲食のサービスだけでなく、調味料まで含むすべての食品からペットの販売や日用品まで、その対象は多岐にわたることになった。

 つまり、「消費者が望む」との前提が着く限り、あらゆる分野へこのスキマ産業が突進していくことになったのである。その突進は、とどまるところを知らないまでに拡大していくことになった。

 言ってみればそれは、「いたれりつくせり」への指向であり、「かゆいところに手が届く」方向へと向かう意思であった。

 最初に私がこうした傾向に気づいたのは、調味料の多様化であった。私の事務所が、時として仲間との居酒屋に変身することは何度もここへ書いたことがある。千円会費で、とりあえずの一次会を私が店主としてつまみの作成まで請け負うのである。と言ってもそれほどの実力があるわけではないので、近くのスーパーで鍋料理の具材を探す程度の手間でしかない。そのメニューの中に「シャブシャブ」がある。

 牛肉は高価なので、専ら「ラム」か輸入豚肉のスライスになる。それに「しめ」として生ラーメンを放り込み、それからやおら近くのスナックへと足を延ばすのである。

 料理はともあれ、シャブシャブのたれは小瓶に入ったものを利用する。そのたれの種類が驚くほど増えてきたことに気づいたのである。ゴマ、昆布、大根おろし、透明、ドロドロなどなど、「シャプシャブのたれ」のコーナーだけでもスーパーの棚数列を占めるほど、多様に存在するのである。

 たかがシャブシャブのたれと卑下するわけではないが、気がつくとそうした「たれの類」の多様性はシャブシャブに限るものではなかった。ソーメンのたれ、冷麦のたれ、うどんのたれ、ラーメンも冷やし中華から焼きそばに至るまで同じように味や風味を変えたたれがそれこそ「てんこもり」に存在しているのである。

 ソーメンと冷麦とで、どんな風に味や風味が異なるのか、異なる必要があるのか私には分らない。そばでもザルとかけでは出汁の割合からして異なるとの話を聞いたことがあるので、違うのが当然なのかもしれない。

 ただそれでも、たかが(?)小瓶に入った調理用のたれに、これほどの多様性があるのに驚いたのである。そして、それは消費者の好みの多様性への対応、つまり消費者が欲しいと思うであろうもしくは消費者の嗜好の変更を企図した商品に対する、利潤追求に向けた製造者の反応がそこにあるのではないかと思ったのである。

 こうして考えてみると、隙間を狙った商品はいたるところに存在するようになった。お一人様用、老夫婦用、新婚用、病人用、病状用、年齢層用、オフィスガール用、夜勤用、早朝用、弁当用などなど、様々な分野に向けたサービスなり商品が需要の拡大を狙ってひしめいている。

 そして最近のコマーシャルで「スキマ時間」という言葉を始めて聞いた。私たちはとうとう時間のスキマも狙われだしたのである。時間が盗まれようとしているしているのである。

 「時間泥棒」は、ミヒャエル・エンデのモモの時代から存在していたのだから、それほど驚くことではないのかもしれない。それでも、時間のスキマが狙われるほどまでに、私たちは追い詰められているように感じてしまった。

 私たちは、と言うより私は、スキマというのは基本的に「手間のかかるものへの省力を図り、それをゆとりへ回せるものの総称」だと思っていた。「暇な時間を作らせないようにして、その時間を有料で楽しませる」こともまた、企業戦略の一つになってきている。

 スキマ産業は私たちの「無駄な時間」を「対価を支払うことで有効な時間」へと、どこか無理やりに変えようとしている。

 それはそのまま、「無為な時間」は無価値で無駄な時間、人間にとってあってはならない時間だと認知させようとしている証左でもある。走れ、急げ、目的を持て、生産性を上げろ、・・・、何にもしない時間は極限まで削ることか人間本来なのだと、私たちはいつも、どこからか、脅迫されているような気がする。

 そういえば、「働かざる者食うべからず」、「無為徒食」、「忙しいことが善で暇は悪」、「三年寝太郎は人間のくずの見本」・・・、そんな時代を私たちは疑うことなく過ごしてきたような気がしてならない。スキマは本当に無駄で排除しなければならないものなのだろうか。余りにもスキマが埋め尽くされてきて、スキマのない空間が、私には息苦しい。


                                     2018.5.12        佐々木利夫


                       トップページ   ひとり言   気まぐれ写真館    詩のページ
 
 
 
スキマ埋めすぎ