数日前、近くの西区民センターでクリスマスコンサートと銘打った音楽会に行ってきた(2018.12.8)。先月の中頃、いつも利用している区民センターの図書室へ、借りていた本の返却と新しく借り入れるために出かけたときのことである。
図書室の開館は9時なので、事務所に着いて返却本と図書カードを用意するとちょうどいいタイミングになる。図書室は区民センターの二階にあるが、一階のセンター窓゚口に珍しく数十人の行列ができていた。何の行列なのか、もちろん知る由もない。ただ特段興味もなかったのでそのまま図書室へ向かった。
用事を済ませて事務所に帰るべく一階に戻ると、減ってはいたけれどまだ十数人が並んでいる。俄かに野次馬根性が出てきて、最後尾に並んでしまった。前の人に「何の行列ですか」と聞いてもいいのだが、並んでいるのにそんなことを聞くのはいささか気後れがしてしまった。待つのは数分で済むだろうし、興味のない行事だったらそのままスルーすればいいだけのことと割り切る。
私の番がきた。見ると、クリスマスコンサートの入場整理券の交付をしているのだと分かった。窓口の女性から「お一人二枚までです」の質問に、思わず「一枚でいいです」と答えて受け取ったのが、「北海道大学交響楽団2018 若人による演奏会」の入場整理券であった。
クリスマスコンサートと銘打っているのだから、必ずしもクラシックばかりではないだろう。それでも交響楽団のコンサートなのだから、クラシックもきっと入っているに違いないと踏んだ。それに日時が12月8日(土)、13時開場、13時30分開演で、会場は事務所から徒歩5分足らずの図書室の上階、三階である。
土曜日午後の数時間の生演奏を聞くのも悪くはない。北大交響楽団と聞いて、今から数十年前に聞いたときの「下手くそ演奏」の思いが一瞬頭をよぎる。いつ聞いたかの記憶は薄れているが、札幌で聞いたのだから、恐らく高校卒業して税務職員に採用され、税務講習所と呼ばれる研修所に在籍していた頃だろう。今から60年近くも前の19歳頃の記憶である。講習所の教育官から当直室で、初めてベートーベンの交響曲第五番「運命」をSP版のレコードで聴いて、始めてクラシックに目覚めた頃だった。
聞いた北大交響楽団は、音は時々外れるし、何となく全体の音程が不安定で、それが気になって演奏というか音楽そのものに没入できなかった記憶がある。学生は毎年新入生が入り、しかも4年で卒業なのだから、楽団として安定した交響楽団に育つことなど無理な要求だったかもしれない。
そはさりながら事務所はいつも一人である。仕事をほとんどやめて、秘密の基地まがいの道楽事務所である。訪なう顧問先も少なくなり、近しい友人が亡くなってからは仲間との事務所飲み会なども減ってきて、事務所はほとんど一人だけの空間である。そんな事務所の暇つぶしには、たまの演奏会も悪くないだろう。
当日になった。予約した本が到着しているとの図書室からのメールもあって、少し早めに事務所を出る。会場は既に8割方の席が埋まっている。割と人気のあるコンサートなんだと、少しびっくりする。ところで、日本人の性格なのか、習慣なのか、席は後ろのほうから埋まっていき、最前列は何故か余裕がある。オーケストラのすぐ前、チェロ、コントラバスなどの脇に席をとることができた。
期待を抱いていたのは、ここまでであった。演出も司会も、惨憺たるものだったからである。私の期待が大き過ぎたのかもしれない。また、楽団としてもほんのお遊びのつもりの演奏会だったのかもしれない。途中で何度帰ろうと思ったことか、それほど演出が悪かったのである。それはもう、演出とさえ言えないほど行き当たりばったりの、お粗末な演奏会であった。
司会とは単なる進行役ではない。会場を盛り上げ、観客を喜ばせる役割を担っているといってもいい。ぶっつけ本番で、器用にこなす司会者もいるだろうことを否定するつもりはない。だが、司会とは場の全体を把握し、楽しく進行させるための潤滑油の役目を担っているはずである。
そうした司会の機能がまるで果たせていないのである。そして笑いをとるためのネタが、ほとんど自虐ネタなのである。自分で自分の気のつかなさや劣っている点を自虐的に取り上げ、そして自分で笑うのである。聞いているほうは何にもおかしくないのである。そして話が冗漫なのである。時間だけが、面白くないジョークの中でどんどん過ぎていくのである。
コンサートは、序盤、中盤、終盤、そしてアンコールと四つに分けられていた。中盤の演目は、各楽器群の紹介であった。バイオリン、ビオラ、チェロ・コントラバス、トランペット、ホルン、フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット、パーカッションなどなど、区分が多すぎるのである。そしてそれぞれのグループに別々の司会者がつくのである。そして話が全員冗漫で自虐ネタなのである。司会者であることの自覚も、訓権も、練習も、少しもされていないようなのである。
そして極め付きは演奏が下手だったことだった。聞くと、今年入学してまだ楽器経験半年という楽団員もいるという。それなら下手で当たり前かもしれない。ましてやクラシックに挑むなど、無謀とも言えるだろう。経験からしてこの程度の音というのは分からないではない。
だが演奏会とは初心者の練習の場ではないはずである。しかも今回の演奏会は、「北海道大学交響楽団2018 若人による演奏会」なのである。歴史と伝統ある大学の交響楽団による、一般市民を対象としてた「クリスマスコンサート」なのである。
無料なんだから下手でもいいだろう、とは言えないはずである。もちろん「初心者による」と断っているわけではないのだから、初心者の演奏会であることを言い訳することは許されないだろう。幼稚園児のリコーダー演奏会というのなら、聞きにくるのは父母なり知人で、上手さを聞きに来るのでないことくらい、始めから知っていることだろう。
これで二度、私は北大交響楽団に裏切られたのである。長い人生で、素人の交響楽団演奏を二回無料で聞いたくらいで文句を言うな、と言われるかもしれない。しかし司会のお粗末さと合わせて、私は事務所でゆったりとコーヒーを飲んで本を読むという、そんな僅かな時間にしろ奪われてしまったような気がしてならなかったのである。
終演予定の時間を30分以上も遅れ、暗くなりかけた夜道を事務所へ向かう私の足取りは、残念な思いに包まれていた。楽しくなかった、時間を損した、そんな後悔の続く土曜日の午後であった。
2018.12.14
佐々木利夫
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