飽食の時代と呼ばれる現代である。そうした言葉が存在すること自体に、どこか抵抗感がある。しかもその言葉が飢餓や空腹と並列して存在することには、なお更な違和感が残る。

 そんな思いでいるときにこの新聞投書に出会い、投書者の思いに共感した。彼女の言う通りだと思った。それは、「心晴れなかったコンビニバイト」と題したこんな投書であった。

 「コンビニで・・・アルバイトをしていた数年前。1日数回の食品廃棄がこの上なく苦痛だった。毎回、レジかごに山盛りの期限切れ商品が2〜3かご分出る。・・・そのまま袋に入れてゴミ置き場に。・・・勤務日になると心がこの上なく重く、精神的に不安定になった。行くたびに大量の食べ物を捨てる自分が情けなく、許せず、胃が悪くなった・・・」(2019.11.7、朝日、愛知県 パート女性44歳)。

 コンビニのバイト程度で私の胃が悪くなるかどうかは疑問だが、彼女の言い分はもっともだと感じた。飽食と飢餓が並存する現代に対する、強烈な意見だとも思った。

 だがそう思ったのは投書のここまでだった。その続きを読んで、とたんにがっかりしてしまった。がっかりを越えて、いささか腹立たしい思いさえしたのである。なんと彼女は、こう続けたからである。

 「・・・その店が閉店し、別店舗で働くことを勧められたが、適当に断った。副収入は断たれたが気持ちは晴れ、胃の調子も改善した。・・・

 なんたることか、コンビニを辞めたことで、彼女の胃はあつさりと改善したのである。そして気持ちは晴れたのである。彼女の廃棄食品に対する精神的に不安定を招くような思いは、アルバイトを辞めたことであっさりと納まったのである。

 しかも、コンビニを辞めたのはその店が閉店したからであり、決して廃棄食品を始末する仕事に抵抗を感じたからではなかった。再就職として勧められた別店舗が、前と同じようなコンビニだったのかどうかは分からない。しかし、その再就職の勧めに応じなかったのは、食品廃棄の仕事に抵抗を感じたからではない。単に「適当に断った」だけなのである。

 別に彼女に対して、廃棄食品に対する何らかの改善策や哲学的な思いなどを期待したわけではない。コンビニ業界自体でも、廃棄食品の減少策を模索しているようだし、購入者たる消費者自身の行動などにもこうした問題の解決は関わってくることだろう。だから、そんなにあっさりと、答など見つかるものではないだろうと思う。

 それでも彼女は廃棄食品の後始末で胃が悪くなり、精神的に不安定になるほどの影響を受けているのである。だとするなら、彼女には少なくとも、こうした廃棄食品に対する何らかの意見なり意思なりを持って欲しかったのである。

 それは、例えばすぐに使うような商品なら、短い消費期限のものでも購入するような気持ちの変化でもいい。また廃棄間際の商品でも、購入するようにな行動を家族を説得するようになったことでもいい。はたまた自分で作る料理は廃棄を少なくするように心がけるようになったなどでもいい。少なくとも食品ロスに対する自らの意思の変化を、自分なりに感じ取って欲しかったのである。

 問題となる現象が目の前から消えてしまったら、問題点そのものが世の中から消滅してしまう、そんな思いが彼女の投書から感じられてならなかったのである。確かに、コンビニを退職したことで、彼女自身が消費期限切れの食品を、自らゴミ捨て場に持ち込むような作業はなくなっただろう。

 でもそれは、「仕事として廃棄食品の後始末をしなくて済むようになった」だけのことにしか過ぎない。彼女の目の前から、「廃棄食品の後始末という仕事」が消えただけにしか過ぎないのである。彼女が心を痛めている廃棄食品の行方と言うテーマは、少しも解決していないのである。

 人ってのはそんな程度の存在さ、と言ってしまえばそれまでである。消えてしまうことは問題点が解決してしまうこと、そんな現象は私たちの目の前にいくらでもある。毎日のゴミ回収もそうだし、水洗トイレや台所の洗剤汚水、そして洗濯や入浴による排水などなど、目の前からゴミや汚水が消えてしまえば、「後は誰かが黙っていても解決してくれる」という錯覚は、私たちの回りにいくらでもある。

 それでも彼女は食品ロスと言う理不尽さを、新聞投書という形で読者に訴えたかったのだと思うのである。自分の思いをアピールしたかったのだと思うのである。それを、単に「コンビニの廃業で仕事を辞め、再就職は適当に断った」ぐらいで解消させてしまったのが、私には残念に思えてならなかったのである。

 そしてそんなままで止まってしまっている彼女の思いが、残念を越えて腹立たしくさえ思えてならないのである。間違っていると指摘したくなるくらい、苛つくのである。


                    2019.11.10        佐々木利夫


             トップページ   ひとり言   気まぐれ写真館    詩のページ
 
 
 

心が晴れる