こんな一言を新聞で読んだ。

 「政治の役割は二つあります。一つは国民を飢えさせないこと。・・・・・もう一つは、これはもっとも大事です、絶対に戦争をしないこと。     菅原文太」(2019.11.21 朝日新聞、折々のことば)

 読んですぐに、嘘だと思った。この言葉が、「そうなりたい」との希望を述べたと言うなら分かる。理想を示唆したのだと言うなら、それはそれでいいだろう。何なら少し方向を変えて、目標にしたいと言うなら、それも分かる。これからそっちへ向かいたいとする宣言だとしても、分からないではない。

 でも、これを「政治の役割だ」としてしまうのは、間違いなのではないだろうか。何故なら、私の知る限り、歴史的にも数多の国の政治の現状を見ても、こうした役割を果たした政治の例を見たことがないからである。

 もちろん私は、世界の国々の政治について、その歴史を含めた全てを知っているわけではない。かつてのどこかの国で、こうした役割を果たし得た政治があったとしたなら、私のこれから書くことはその前提そのものを欠いていることになる。

 だからこれから書くことは、私の知っている範囲内での政治の姿に対する独断である。それを承知の上で、あえて言いたい。これまでの世界で、この二つを叶えた政治は存在しなかった、・・・と。

 現在、日本にだって飢えは存在している。また、つい数十年前まで日本は戦争に明け暮れる国家だったのである。だから日本もまた、政治は未だこの二つの役割を果たせていないのである。

 ある国を統治し管理している組織があったとき、そうした態様のどこから「政治」と呼んでいいのか、私は必ずしも理解できているわけではない。縄文時代に政治はあったのか、卑弥呼の支配した体制を政治と呼んでいいのか、群雄割拠していた戦国時代の各地域の豪族が支配していたそれぞれを政治を呼んでいいのか、徳川幕府はどこまで政治だったのか、明治維新後こなって始めて日本は政治と呼べる体制を得たのか、そんなことすら分かっていいない。

 それともまだ私たちは、本当の意味での政治を得ていない、持っていないのだろうか。それなら分かる。私たちは真の政治を求めている過渡期にあると言うのなら、彼がこの文章を書いたとき、世界のどこにも政治はなかったことになるのだから、彼は果てない夢について呟いたことになる。

 でも少なくとも新聞にあったこの一言は、少なくとも昭和か平成の時代には、世界には政治があったことを前提にしているのではないだろうか。だとするなら、政治の定義を現代の各国の支配構造に限定してもいい。

 政治が、進化する性質を基本的に内在しているのかどうか、つまり政治は進化するのかさえ、私には分かっていない。常に変化しているとは思うけれど、その変化が果たして理想とする方向へ向かっているのかどうか、その方向が進化と言えるのかさえ、私には答を出せないでいる。

 それを、「分からない」の一言で片付けてしまってはいけないような気がしている。と言いつつも、分からないのは分からないのだから、他に結論を出しようがない。

 そして私の頭では、「政治は変化する」だけの答しか出せなかった。「行きつ戻りつ」と言い切ってしまうのは間違いだろう。変化の態様は、プラス方向とマイナス方向の直線上の変化のみとは限らないからである。もしかしたら変化は平面を超え、立体的な動きにすらなっているのかもしれない。

 まさに政治は、混沌の中に右往左往しているように見える。そこには進化など少しも感じられず、単にあらゆる方向への混沌だけがあるようだ。

 変化は、単に同じことの繰り返しではない。しかもその変化を「進化」と呼ぶことはできない。だから政治に、「飢え」と「戦争」の二つの解決を求めることは、ないものねだりだと思うのである。だからこそ世界のどの国も、この二つを叶えた政治は得られていないのである。

 ないものねだりを「政治の理想」と考えたって、別に間違いだとは思わない。見果てぬ夢を理想の政治として掲げたところで、その人がそう思うのなら別に構わない。

 でも、絵に描いた餅が空腹を満たすと思わせられるのは、ご免だと私は言いたい。決して実現しない夢を目の前にぶら下げられている姿は、余りにも空疎でないかと思うからである。

 「世界のどの国も」と言ったら、嘘になるだろうか。私には世界中の全ての国の全ての政治が、「国民の飢え」と「他国との戦争」を、身の裡に抱えているように思えてならない。

 そしてそれは私の思う限り、エジプト時代、ローマ帝国の時代、三国志の時代など、数千年前の政治形態から、少しも進化していないように思えるのである。


                    2019.11.25        佐々木利夫


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政治の役割