お正月早々にもかかわらず、タイトルが年末の話題から始まってしまっていて、いささかの抵抗感がないわけではない。しかしながら、エッセイの書き始めたときとそれを発表する時期にタイムラグが生じるのは当然であり、特に年末年始のタイムラグがこんな風に生じてしまうのは当たり前のこととしてご容赦願いたい。

 48、73、66、41、72、69、59、75、66、68、71、74、66、65、68、77〜16人。89、87、85、84、83、84、82、85、85、92.、90〜11人。

 2018年12月30日(日)の朝日新聞のおくやみ欄に載った、札幌市で亡くなった方々の年齢を列記したものである。また、16人と11人の二つのグループに分けた基準は、私の年齢である78歳以下か超えているかかの区分によるものである。

 つまりこの日の新聞に載った死亡案内は、私より高齢の方が11人であり、私よりも若く亡くなった方が16人いたということである。

 勝った負けたを言いたかったのではない。長生きできたことを、得意顔で主張したかつたわけでもない。また、たかだか一日のデータだけをとらえて、日本人の寿命などを論じようと思ったわけでもない。

 それでも、この日の「おくやみ」欄に載せられた方々の年齢は、統計的な意味ではないにしても、実感として私の位置づけを知らせてくれているように思えたのである。日本人の直近の平均寿命のデータは、男「81.09歳」、女「87.26歳」(厚労省)だとされている。ただその数値は、0歳児の平均余命を示しているから、私の年齢を基準にしてあれこれ語るのは誤りになるだろう。

 それでも、私より長生きだったけれど亡くなってしまった人、私より若くして亡くなった人を、こうして12月30日という僅か一日ではあるけれど、一つの新聞紙上であからさまに並べられてしまうと、私の老人振りがまともに伝わってくる。だからと言って、それを「私の死生観」みたいなシリアスな話題にしようと思さているわけではない。

 ただこの新聞記事は、いつまで生きるか、いつまで生きられるかを、どことなく考えさせるきっかけを作ってくれる。その一つは、私の年齢が死亡者グループの後半に位置していることである。つまり、私は長生きの側のグループに含まれてしまっているのである。

 私よりも若い人が、どんどん先に死んでいくんだなとの現実は、私自身に対して「そろそろお迎えを覚悟してもいい年齢になっている」ことを、そこはかとなく知らせてくれているように思えるからである。

 そしてこのことは、多くの人が加齢によって死ぬことを前提とするなら、私自身がいつ死んでも構わないグループに入っていることをも意味している。

 昔から、「死が恐怖」だと考えたことはない。ただ「死は当面私とは無関係」だと、無意識に考えていたような気がする。「人は必ず死ぬ」ことと、「私は人である」ことは理解しつつも、この二つを私自身に結びつけるような思惑はまるでなかったような気がする。

 それがこうした新聞記事などを読むと、「私も死ぬ」ことがどこか身近になってきたことを現実のものとして知らせてくれる。無関心から受容への変化が、これからの私の生活にどんな影響を与えてくるのか、それはさっぱり見当がつかない。しかし、童話作家でエッセイストだった佐野洋子が残したこんな一言が、ふと身に染むようになってきている自分を感じることがある。

 「いつお迎えに来てもいいよ。でも今でなくてもいいよ」


                                  2019.1.5        佐々木利夫


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年末の足音