「特攻と桜 裏の真実」と題する投稿を読んだ(2010.5.14、朝日新聞、若い世代、特攻資料館館長)。

 彼は、「散り際の鮮やかな桜にたとえられることの多い特攻隊」との世間が抱いているイメージを掲げ、叔母と特攻隊員の関わりについて語りだす。特攻隊とは太平洋戦争の末期、爆弾を装着した一人乗りの戦闘機で、敵の艦船に体当たりで突っ込んで自爆する任務を与えられた軍隊の名称である。

 こうした自爆テロとも言うべき特攻隊の基地は、九州や台湾を中心にいくつもあった。知覧(ちらん)と呼ばれる九州鹿児島の南の小さな町にも、その基地はあった。ただ、特攻による全戦死者(1036人とされている)の半数近くがここから出撃したと言われており、現在でもこの地に寄せる国民の関心には高いものがある。当時、若い兵士が毎日のようにここから片道飛行の任務を負って飛び立ったのであろう。

 この新聞投稿は特攻隊資料館の館長からのものである。文中に「知覧」の名も出てくるので、この資料館もきっと知覧にあるのだろう。九州には二度三度と行ったことはあるけれど、知覧にまで足を延ばす機会はなかったので、残念ながらこの地に関する私の知識は乏しい。

 彼の投稿は、「・・・写真にも、女学生たちが桜の小枝を振って隊員を見送る姿が残されています」、「特攻の映画やドラマでは繰り返し見送りの場面が描かれます」とする世評での思いに関するものである。そこへ彼は、「でも・・・」と続ける。

 「でも当時、基地への立ち入りは許されておらず、出撃は軍の最高機密。・・・有名なあの写真は戦意高揚のため撮影された1枚でした。」と彼は書く。そして、「叔母たちは軍の命令で集められ、桜の小枝を振って見送ったのは一度だけ」だったと続けるのである。

 その写真に、彼の叔母が桜の小枝を振る女学生として写っていたのだろう。撮影が一度しか行われなかったことが事実だったのかどうか、私は知らない。でも資料館の館長自らがそう述べているのだから、恐らくそうした事実を証明する資料なり証言が、館内に残されているのだろうと思う。つまり、「桜の小枝を振って特攻隊員を見送る女学生」という構図は、軍部によるやらせだったと彼は主張したいのである。

 そのこと自体、とくに違和感はない。仮に軍部のやらせだったとしても、特攻隊がいつ、どこへ向けて飛び立つかは、軍として秘すべきは当然のことだと思うからである。だから、いかに戦争が悪だとしても、「戦争に勝つための嘘なり秘密」は悪で、「平和のための嘘や秘密」は許されるなどと都合よく割り切れるものではないだろう。

 ただ、これに続く彼の文章が、どこか独断的に思えてならなかった。前段で彼は「写真はやらせだった」と主張している。「やらせ」とは真実でないことをあたかも真実であるかのように、しかも自己に有利な形で偽装することである。そしてその偽装を多くの人に信じさせようとする行為である。

 そういう意味では、女学生は自らの意思で桜の小枝を振ったのではないと言う「隠された真実」を、投稿者は暴いたということなのだろう。そこまではいい。でもこれに続いて彼はこんな風に文章を続けるのである。

 「戦争を二度としてはならない。でもそれは、歴史の表面だけでなく裏に隠された真実も知ってこそできることではないでしょうか。

 つまり彼は、「歴史の裏側まで知ってこそ、初めて戦争を否定できるのだ」と語るのである。歴史の裏側を知ってから戦争も評価すべきだという思いそのものを、否定するつもりはない。でも彼が「歴史の裏側」として掲げている事実は、この「小枝を振る女学生」だけなのである。残された写真の意味が女学生の真意を表したものではなく、単に軍によるやらせだったという、ただそれだけの事実なのである。

 その事実を知ること、つまり裏の真実を知ることが、「戦争を二度としてはならない」という思いを抱くための必須の要件になるとは、私にはどうしても思えないのである。彼の意見は、「写真がやらせであることを知ることなしに、戦争批判はできない」かのように受け取れるからである。

 中途半端な考えで物事の批判をしてはならないと言う意味では、抽象論ではあるけれどこうした見解は正しいと思う。きちんとした証拠もなしに、想像だけで事実を認定したり批判したりする危うさは私にも理解できる。でも、「写真がやらせだったこと」と、戦争を批判する思いとはそんなに密接につながるものだとは、私にはどうしても思えないのである。

 私には「桜の小枝を女学生」の写真が仮に「やらせ」だったとしても、特攻隊員が抱いたであろう片道飛行への思いや、その飛行を見送る仲間や地域の人たちの心、そして残された家族の悲痛、そして特攻隊を単なる史実としてしか知らない多くの人たちの抱く戦争に対する真剣さは、少しも変わることなく十分に伝わってくると思うのである。


                               2019.5.18        佐々木利夫


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やらせと真実