大岡信(まこと)賞という賞が創設されたそうである(2019.12.30、朝日新聞)。大岡信とは数年前まで「折々のうた」というタイトルで、朝日新聞に毎日掲載されていたコラムの著者である。現在は「折々のことば」とタイトルを変え著者も代わっている。朝日新聞の購読も長いことから、熱心とは言えないまでも、私もそれなりのファンとして毎日目を通している。

 時にはこのへそ曲がりエツセイのヒントとして、登場願うことも多い。へそ曲りの雑文とはいえども、一応は文章作りを趣味にしている私の目に、大岡信賞の創設されたとの新聞一ページを丸ごと使った特集記事が飛び込んできた。

 その中に「やなぎみわさん」という、この賞の審査員の一人であり美術家と称する女性の寄稿が寄せられていた。私にはその内容が少し気になったのである。『重厚な詩や文学 今の時代こそ必要』とするタイトルの文章は、こんな概要であった。 

 「今の時代ほど、重い詩や文学が求められている時代はないと思います。SNS上で派手に躍っているのは、瘠せたことばのカケラたちであり、私たちは飽和した即席物語の海で日々を生きています。ある程度の時間をかけて、言葉を咀嚼してのみ込み、自らの想像力をそこに羽ばたかせることができなくなったとき、人は、物語の罠に操作され、瞬く間に『もっていかれて」しまうでしょう。恐ろしいことです。・・・

 こうした言葉が延々と続いている。 彼女がこの賞の審査員の一人らしいので、この賞の創設を称える気持ちが高いだろうことはよく分かる。

 でもそうした気持ちのあまり、「『うた』(「折々のうた」のことを意味しているのだろう)というものは、文学や物語どころか、言葉の起源にまでさかのぼる遥かな歴史と人間の肉体の重みを背負っています。『うた』を内包する文体は、そのものが息をしており、切れば血を流します」くらいまでは、多少オーバーだなと思う程度で許されるとしても、この寄稿文のタイトルや「今の時代ほど、重い詩や文学が求められいる時代はない・・・」とする内容までなってしまうと、誉めすぎ、やりすぎ、自画自賛の異臭が、そこからぷんぷんと放たれているように感じてしまう。

 第一は、何故今なのかに対する根拠が示されていないことである。彼女の言葉の中で根拠らしいのは、僅かに「SNS上の派手な言葉の躍り」くらいしか見当たらない。私はスマホを持っていないので、当然にSNSのことはほとんど分からない。分からないけれど、インスタ映えであるとかSNSでのフェイクを含めた情報拡散などの話題は知っている。また、ネットを通じたいじめの存在も聞いたことがある

 そんな現代の風潮を指して、筆者は「重い詩や文学が求められている」、逆に言うなら「日常語が軽い」ことを言いたいのだろうか。それとも、「重い詩や文学」の対語としての「軽い詩や文学」が世の中にはびこっていることを言いたいのだろうかろ。

 筆者の思いは必ずしもこの文章からは読取れないけれど、「軽い詩や文学」がSNSで躍っているようには感じられないので、「普通の会話や日常語などの言葉が軽くなっている」との意味だとここでは理解したい。

 そうしたとき、果たして最近の言葉は軽くなっているのだろうか。確かに日本語が乱れているとか、安易な流行語や若者言葉、そして外来語などが氾濫しているとの噂を聞くことはある。

 でもそうしたことどもは、本当に「今」特有の問題なのだろうか。確かにSNSやブログやユーチューブなどで、軽い言葉が流行してきているとの指摘はある。

 だがそれはむしろ、言葉だけに限らず他者への表現手段というか伝達手段が、多様化していることのあらわれなのではないだろうか。これまで発信できなかった人、しなかった人、発信の手段を持たなかった人などが、メディアやインターネットを通じて自己主張できるようになってきたことを意味しているのではないだろうか。

 だからと言って、そうした発信者の全てが「言葉の重さ」を共通理念として理解しているわけではない。多様な発信者ということは、その思いもまた多様であることを意味している。その多様さは、時に生煮えであったり極端に走ることもあるだろう。

 そうした多様性は発信のみに限らず、色んな意見が色々な人の目に触れる受信者の増加も同時に意味する。多様性とは、色々な材料がごった煮のまま我々の前に提供されることでもある。気に食わない材料もあれば、大嫌いな食材も含まれている場合だってあるだろう。

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  言葉はいつも私を悩ませる。続きは「詩や文学は重いのか-2」で書きたいと思います。


                                     2020.1.8        佐々木利夫


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詩や文学は重いのか-1