提出義務のない確定申告書

事実関係

 Aはサラリーマンで、一ケ所のみから給与の支給を受け、年末調整も済んでいる。Aは年初、扶養控除等の申告書(所法194条)に妻の氏名を記入して支給者に提出したため本年分の年末調整では配偶者控除が適用されている。
 翌年、妻に配偶者控除を受けられないほどの所得があると分かったため、税務署を訪れて妻の確定申告書及び自己の配偶者控除を否認する確定申告書を提出した。

考え方

1 当該確定申告書の効果

 納付税額のある確定申告書は、所法120条の要件に該当する者に義務づけられているのみである。しかしてAは一ケ所のみから給与の支給を受け、年末調整もなされているのであるから、所法121条1項1号に該当する者として、確定申告義務を負わないというべきである。
 従って、本件のように、配偶者に所得があったため配偶者控除の適用を受けることができないこととなるような場合における不足税額は、源泉徴収義務者を通じてなさるべきことになる。

 このようにAは申告義務を負わないのであるが、逆に、本件のようにAが自主的に提出した確定申告書の効力はどうなるのであろうか。
 その確定申告が錯誤等により無効な場合を除き、本人が自主的に提出した申告書は有効なものとして受理せねばならないであろう(所法121条は単に確定申告の義務を免除したに過ぎないから、自主的な申告までをも否定するものではない)。

 ただし、この有効なものとして受理されたことは源泉徴収義務者が正当な計算を行って追徴税額を徴収することまでをも拘束するものではない。本来的には徴収義務者による是正が最も望ましいのであり、課税庁がこのような事実を事前に知り得た時は、徴収義務者を通じて追徴すべきものだからである。

 この場合は、年末調整の再調整として処理することとなるが、法的には再調整の規定は存しない。しかし、最後の給与の支払後に、更に給与等の支払がされた場合や、その後に諸控除の異動があって税額に変化を生じた揚合には正しいところに従って年末調整がされなければならないから、当初の年末調整は一種の誤りであって、仮調整ともいうべきものであり、最終のものが年末調整であると考えてよいであろう。
 このように、本人が確定申告書を提出した後に、徴収義務者から同様の理由で不足額を追徴された時は、二重課税の問題が起きてくる。

 しかしこの場合、そもそも当初の確定申告そのものが提出義務のない申告書であり、一担提出されてそれを有効なものとして受理されたとしても、他の正当な手続により正しい処理がなされたのであるから、当該申告書はその存立の基礎を失うことになる。従って減額更正処理ではなく、「提出義務がなく、かつ、確定申告書としての存立の基礎を失った申告書」として撤回することとなり、当該申告書に係る税額を還付することになろう。

 なお、所基通121-2は、確定申告を要しない給与所得者から提出された確定申告書につき、本人から撤回したい旨の書面による申立てを要件としているが、本件の場合はその撤回を認めないことは国の不当利得にもなるから、裁量権の範囲外にあるものとして当然に撤回すべきであろう。

 もちろん、この撤回を更正請求(国税通則法58条1項)及び更正請求の持例(所法152条、所令274条)に準ずるものとして考えることも可能であると思うが、より本質的には不当利得返還請求にその基礎を持つとしてよいのではなかろうか。

2 加算税の処理

 本件のAのような自主的に提出された確定申告書を、税務署が正当な申告書として受理した場合、外形的には当該申告書は期限後申告書と同一のスタイルを備えていることになるから、無申告加算税の賦課の是非が間題となる。
 Aには、本来配偶者控除が受けられないという事実があったにもかかわらず、徴収義務者にその旨の届出をしなかったという一半の責任もなくはないから、無申告加算税を賦課すべきであるとする考えがあるかも知れない。

 一方、この場合は自主的な確定申告書の提出であって、本人が提出を拒否した場合、課税庁は決定処分を行うことはできないという点も考慮すべきであろう。
 なぜなら、国税通則法25条は、納税申告書を提出すべき義務があると認められる者について、納税申告書の提出がなかった揚合にのみ決定できると規定しているのであって、本件におけるAには提出すべき義務がそもそも存在しないからである。

 従って、本件確定申告書による納税額に対しては、決定を予知してなされた確定申告とはいえなく、軽減の対象に該当するから5%の無申告加算税にとどめるべきであるとの考えもあるといえる。

 しかし、本件申告書には、そもそも提出義務がなく、従って提出期限の定めもないのであるから、当該申告書を期限後申告書と言うことはできず、従って、過少申告加算税の構成要件に該当しないというべきであろう。

3 付 記

 所法120条の確定申告書を提出すべき者とは、抽象的な所得の存在を認識して規定しているから、本件の揚合とは直接には無関係であるが、例えば次のような場合に問題が起る。

 例えばAは給与以外に確定申告をすべき所得があった場合で、当該配偶者控除自己否認の段階では課税庁がその事実を知り得ていなかった場合である。
 つまり、抽象的にはAは納税申告書を提出すべき者に該当するのであるから、申告期限は定められており、当該申告書は表面的には1で述べた申告義務のない申告書の形式を備えているが、実質は申告義務があるのであるから、期限後申告の一種と考えられなくもない。

 後日、合算すべき所得につき、徴収義務者による是正(従って当該申告書の撤回)がなされないうちに課税庁が更正処分をなした時、加算税の計算をどうすべきなのであろうか。

 また、合算すべき所得と、配偶者に所得があることとの両者が同時に判明した時、課税庁はこの両者を含めて決定すべきなのであろうか。
 それとも、この両者を分離して、配偶者控除に関しては徴収義務者に年末調整の再調整という形で処理させ、それを待って申告漏れとなっている所得を加算した決定処分を行うべきなのであろうか。

 後者をとることは、いかにも不合理であり、前者であれば、その納付すべき税額のすべてに対して加算税が賦課されることも考えられるのではなかろうか。

 このように考えていくと、給与所得者には、年末調整と確定申告という二本立ての税の精算手続があることから、これら両者がふくそうしたケースに対しては、法律上の手続きが若干ぼやけているのではないかと考えられる。

          提出義務のない確定申告書(完)  佐々木利夫


 

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