忘れかけた思い出
  
遠く過ぎ去った日々の思い出には、懐かしさよりも青い傲慢が
       あからさまに見えている。
       確かにそれは己の作品ではあるけれども、その下に隠れている
       見栄や弱さや驕りや薄っぺらさが余りにも稚拙である。
       萩原朔太郎、ジャン・コクトウ、ボードレール・・・・、分かった振り、
       知ったか振りの幼さも、とまれ自分の一部である。


黒い霙

 暗い夜の・・・・・木枯らしが止んで
 鋭い刃の・・・・・赤い血が・・・・
 まとわりつく倦怠のヴェールを捨てて
 黄泉の国の闇から逃れて
   走る、走る、走る、走る
     カッカッカッカッ
 響く悪魔の嘲笑が・・・・
 轟く地獄の山鳴りが・・・・
 孤独が絶望が・・・・ウワーッ
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     ポトン・ポトン
   はーなーやいだ
     し・あ・わ・せ・のなかで、
   クルクルまわる
     ブンブンうなる
    タンポポの花が白くなった

前世紀への追憶

 厚い溶岩の壁が
     ・・・・・静かに眠るフェニックス
 黒い太陽の落ちゆく先に
 暗い暗い闇の勝利が・・・・
  俺は思う
    悠久の宇宙に、流れる星の
    自然におけるパートス
 デウスの囁き・・・・木の葉の仮眠は
 静寂の中に・・・・ゼロ


ゴッホの主題による変奏

 (一) 星月夜
 糸杉がのびる
 中天さしてのたうちながら
 黒い影が夜を吸ってのびる
 星は青く泣き
 月の光は橙色に輝き流れ落ちて
 この地上を悲しく被う
 家々の戸口から光は消え
 紅のダンロは冷え切り
 どの人もどの人も死んでしまった夜に
 糸杉だけがのびてゆく
 真暗な空を望んでいる

 (ニ) 麦畑とカラス
 この真黄色のムギバタケ
  人の独りもいないムギバタケ
 山並みが遠くに青く
 黒い雲が深くたれこめ
      ・・・・・ひっそりと沈黙
 風もなく、川も動かず
      時間が止まる・・・・
 破るしわぶきのうめき
 カラスが舞い上がる
   来るべき予感に恐れず
   やがて来る不安を感知し
 黒い空を更に黒く
   青い山を更に青く
 木々はおびえ、声すらなく
 カラスの声の中で一瞬の静寂が
 人を一層不安にする


メカニズム

 巨大なメカニズムの結晶が
 わたくしの行動を阻み
 わたくしのあらゆる自由を奪う
 刹那の快楽が無限を約束し
 一切を虚無の世界へ還元する
  はい、わくしは昨日
  ええ、丁度今時分に
  メカニズムの犠牲となり
  因果と称する怪物に
  列車の前へ突き出されたのでございます
  いえ、永世を願うなんて
  でも、生きていたかったむのでございます
 人生が若し見えざるものの影だとしたら
   × × × × ×
 影の悲哀は
 自分で動けない事なのですよ

畸 形

 歪んだ列車が
 四次元を驀進する
 一切の存在へ隔絶して
 無常な黒き巨体が
 憂愁の涙を二つに裂く
 歪んだ空間に於ける
 歪んだ頭脳の割り出した
 歪んだ観念の羅列
 空漠たる一切がここへ集中する


夏の重圧

 ポテリ ポテリ
 黄色い太陽の下を
 蝶が双翼をけだるそうに動かす
 黒き粉がキリリと
 手にまとわりついて
 夏の毒気を
 重く放射する


凡ての直線なるもの

 天に延びる無限の直線は
 止む事なき孤独のシムボル
 白きゲレンデのスロープは
 忘却を希求する懊悩のシムボル
 水平なる一切の直線は
 病弱者の細き神経のシムボル
 そして凡ての平行線は
 恐怖のシムボル以外ではありません


肉 体
 目は遠く地下を眺め
 耳は遥か心臓の音のみを聞き
 脳髄は鍾乳洞の如き迷路を呈す
 手は何事も書く事なく
 足は重く動く事なし
 早や我が神経は
 絹糸の如くかすれゆき
 冷たき風にかすかにふるへ
 針の如くにも
 かすかにふるへ、ふるへ


陰 影

 美しき雪は
 その結晶を炭塵とするに依り
 長雨は
 その中核を炭塵とするに依り
 重く深く暗く陰鬱に
 一切の上へ陰影を漂わす
 恰もそれは
 私の心の外殻のように・・・・


直 線

 重き鉛の塊にして
 苦悩は深く憂ひに沈む
 止む事なき下降の直線は
 遥か絶望に向かって延びてゆく


鉄道線路にて

 鉄(くろがね)の鈍い光を赤く染めて
 犬の轢死体が散乱している
 ここに足の片一方がある
 ここにつぶれた脳みそがある
 ここにくびれた腸が冷たく光っている
 冷酷なる黒きメカニズムが
 この命を消滅せしめた
 幾日も前から
 ここに凍った犬の死体が散乱しいる
 決して腐敗する事なく永久に残っている・・・・
 ああ、かく迄も激しき生の執着を見よやかし


寒 気

 雲の切れ間の青空へ
 一羽のカラスが吸いこまれて
 無数のカラスは風に逆らう
 零下数百度の粉雪は
 風に舞い
 背柱の中を狂奔し
 吹雪の乱舞は銀に凝縮する
 刹那の日光が
 煤煙とかたくかたく結合して
 わたくしの体を優しく飽和する


魚の死体

 腐った魚が
 濁った目で私をにらむ
 腐った臭いが
 私しの脳髄を狂わせる
 魚よ、お前はかつて
 何のために生まれてきたのだ
 お願いだから
 その恨めしい目で見るのだけは止してくれ
 お前の目が私の目じゃないかと
 錯覚を起こすのだ
 どろんとした赤い目が
 堪らなく厭なのだ


蛇の死体

 真夏の直射日光の下に
 とぐろを巻いたまま蛇が死んでいる
 その体は腐敗し、異臭を放ち
 その体は崩れてゆき
 その体はどろどろ溶けてゆき
 地中に徐々に吸いこまれ
 白骨のみが残り
 風化し、粉となり
 雨に溶け、ゆきの結晶核となり
 生命は消滅し
 恐ろしい無機物の悲哀のうめき声が
 いつ迄も空中に残るのみ


病 葉

 枯れ落ちて
 風に吹かれて
     ・・・・・
    木枯らしの吹きすさぶ
    闇の中にも
    俺はまだ生きている
 舞い上がって
 舞い落ちて
    愛はただ憎しみの中にのみ存在すると
    俺はその時始めて知った
 山を越えて
 洞窟抜けて
 暗い谷間に沈んで
    悩みの中にも
    なお俺は生きている
    ×  ×  ×
 爆発する火山の躍動が
 噴出する溶岩の轟きが
    俺の生存を苦しくさせる


生まれて死んで

 蝉が死んだ
 鳥が死んだ
 ・・・・
     人が死んだ
 蝿が生まれて
 蝶が生まれて
 ・・・・
     人も生まれた
 笑って笑って
  笑いころげて
     人が死んだ
 寂しくて寂しくて
  堪えられなくなって
     人が死んだ
 苦しんで苦しんで
  苦しみの中から
     人は生まれた
 深い深い海の底は
 呪いと祝福の呟きを
     常に静かに繰返している