時の襞へ

樽前の見える浜辺で

だれにでも五才はあったんだと
跳ねている素足の白さと
つかの間砂に残るはかない足跡に
肩を覆うおのれのしがらみをふと重ねてみる
すこし力のなくなった十月の午後の日ざしに
こころなし風がつめたい・・・・
はしゃぐ声に沖の船影は遠く
寄せる波のひだひだにも
  昨日を呼び返す術はない
せめていま
この澄んだひとみが見ている海の色と
このしなやかな両腕が感じている風の息吹きだけでも
おのれと共有したいものだと
・・・・・・・・・・・・
青空の匂いを嗅ぐことのできる鼻を
野の花の色を感じることのできる指先を
やさしさを見ることのできる目を
自分を確かめることのできる足を
おもいやりを味わうことのできる舌を
たそがれの囁きを聞くことのできる耳を
あしたを信じることのできる皮膚を
・・・あなたに・・・・
・・・あげよう・・・・・・


遠い時の流れに

樽前の見えるこの浜辺は
もう、この写真でしか想い出すことはないだろうが
たしかにその時はあつたのだと・・・
うしろを見ることがなぜか癖になってしまった男は
ひとりでつぶやいている
毎日、毎日が
あふれるような記憶の渦の中にあるんだから
どんなできごとだって
いま・・・を超えることなどできはしない
新しいいまは、その前のいまを確実に追い出して
その追い出されたいまを
わたしはなつかしく味わっている
・・・・・・
夕陽を呼びかえす力なぞとうに消え失せたが
せめていまこの杖に残る僅かな魔力をふりしぼり
やさしさと
たくましさと
おもいやりのこころと
そして正邪を見分けられる澄んだひとみを
・・・あなたに・・・・
・・・与えよう・・・・・・・