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 「何千回も失敗した」、「失敗の果てに今がある」、「失敗し、失敗するために生きているような状態が続いた」、「失敗はやっぱり成功のもとだね」、「あの失敗があったから今の成功があったんだと信じている」・・・・・・、よく聞く話である。そして納得し力づけられる言葉でもある。

 ただ、こうした話を他人に向かって正々堂々と話すことのできる人物というのは、恐らく誰もが認める成功者に他ならないだろう。なぜなら、こうした発言をすることのできる機会そのものが、成功の実績を示した者にしか与えられていないからである。

 失敗し、失敗し・・・・、とうとう成功しなかった者の失敗談は、決して他人の前で話題になることはない。成功の元にならなかった失敗は、永久に失敗だけの記憶として本人だけの心の中に閉じ込められ、人前でのインタビューなどにはならないということである。
 つまり、成功者にとっては、「失敗の歴史」そのものが成功譚なのだということである。

 失敗が成功を生んだのではない。失敗が成功を生むのだとしたら、山のように失敗したすべての人がこぞって成功者になっているはずである。成功が努力の数で決まるなどと、誰がそんな無責任なことを言い出したのだろうか。成功しなかったことは、すべて努力が足りかなかっただけのことなのだと、そんな単純に思い込むことがどれほど失敗者を責めていることになっているか、その人は気づいているのだろうか。

 成功と失敗は、ちょっとした神様の微笑が道を分けるのである。世の中には、失敗続きで、そして最後まで失敗続きの人生を送る人間が山ほど居るのである。
 成功者の勝利の微笑を呆けたように遠くから眺め、酒は苦く、誰からも認められず、慰めさえも刃となり、自分で自分が厭になる、いったい自分の人生はなんだったのだろうかと真剣に悩む・・・・・、そんな奴が成功者の影には星の数ほど居るのである。

 それが多くの人の人生なのである。そしてこれはチャレンジすることなく、無気力に生きてきた者よりも、幾倍も苦悩に満ちた人生なのである。
 失敗が人を育てることはないのではないか。私はそう信じている。成功の原動力はむしろ小さくても良い、他の人に気づかれない程度であっても、自分が認める僅かな成功体験が人を育てるのだと信じている。

 成功とは何かというのはとても判定が難しい。世界一のみが成功ではないだろうけれど、その世界一だって重量挙げとマラソンの優勝者のどちらが世界一かなんて問いを発するのはとんでもない愚問だろうし、ましてや100メートル優勝とノーベル賞においておやである。

 この八月はテレビも新聞も大騒ぎのアテネオリンピックである。金メダルがどんどん増えていって、過去最高の東京オリンピックと同数になった。だから主役の影に隠れてともすれば銀メダルも銅メダルも話題性に乏しくなっており、メダル合計何個のなかに埋没しかかっている。

 ましてやその影に隠れた敗者なんぞ話題になることはほとんどない。小さなかこみ記事になっている「予選敗退」という冷たい四文字熟語の中に閉じ込められた涙は、やはり本人にしか分からないのだろう。

 その敗者の中から、死に物狂いで次のオリンピックを目指し、そうして金メダルを手にする者が出ないとは限らない。恐らく何人かは出るかも知れない。
 しかし、それは多分例外的な何人かなのである。多分一人とか二人とか、「予選敗退」した圧倒的な選手の数からは比すべくもないほどの小数だろう。

 「予選敗退」者だってオリンピックの正式選手である。オリンピック選抜に生き残るために、人生かけて努力してきたはずの人々である。

 恐らく失敗は、後の成功と結びつくのでなければ決して芳醇な香りを放つことはあるまい。
 そうであるなら、あとは開き直ることしかない。失敗は事実であり、そのことは恐らく忘れ去ることはできないだろうから。

 成功者のみに与えられる栄誉は癪だけれど、それも人生である。敗者は人間として敗者になったわけではない。
 勝利の旨酒は味わえなくても、努力したことへの満足は努力したものでなければ得ることができない味わいを持っている。ほんの少しのほろ苦さは避けられないけれど、自分だけに分かるその味わいは、勝者とは一味違うもっと別の味だと言っていいのかも知れない。

 考えて見れば勝者は一人である。一人以外はすべて敗者である。そして勝者にしたところで永久に勝者であり続けることはできない。歳月は新しい勝者を生み、かつての勝者はやがて敗者となる。しかも歳月はその勝者をも、忘却というとてつもない渦の中に巻き込んで人々の記憶から消し去っていく。

 さいわい日本にはいい言葉がある。曰く「行雲流水」、それぞれの人の思いにかかわりなく雲は大空を漂い、行く水は洗いざらい人生そのものを押し流していく。


                   2004.08.30   佐々木利夫

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