浅野内匠頭家来口上書

 口上書とは討ち入り当日に浪士たちが、吉良邸の門前に掲げた「討ち入り趣意書」のことであり、その概要は次の通りである。
 「去年3月殿中刃傷に対する公儀のとった処置については、家来一同も、何も文句を申すことはありません。ただ、内匠頭と上野介のケンカの時、内匠頭を押し止めた人が居たため、上野介を討ち漏らした内匠頭の無念残念は、私ども家来としては忍びがたいものがある。私どもは亡主の意趣を継ぐためにここへ来た」

 ここで気がつくことが二つある。

 一つは、なぜ吉良を討つかという理由が全く述べられていないことである
 確かに「内匠頭が討ち損じたからその代わりに・・・」と書いてはあるが、通常ならば抽象的にしろ、吉良が悪いこと、例えば「賄賂を要求され断ったところ、不当な扱いを受けた」とか、「けんかを売られた」とかの理由を書いて、「それに敢然とぶつかっていった内匠頭の悩み、怒りは臣下である私どもにも十分納得できる」というようになるのではないだろうか。
 ここでも刃傷の原因が「けんか」であることを当然の前提とし、その理由にひとつも触れていないことは、若干不自然であるような気がする。

 もう一つは、私怨と割り切っていることである。つまり、喧嘩両成敗に対する公儀の片手落ちの裁決に対する不服という形にはなっていないことである。

 口上書は自身の心情を書き記すものであり、抽象的には世論に対するアピールかも知れないが、討ち入りのあとは幕府へ自首することにしているいじょう、当面のあて名は幕府ということになるであろうから、この点で公儀批判の文章は書けなかったのだろうか。