吹雪を逃れてやっと山小屋にたどり着いた若者に、女は「このことを決して人に話してはいけない」と誓わせ、命を助ける。そして女は男に近づき恋をし、10人もの子までなす。
やがて恋する女房の姿に、男は忘れかけていた雪女を思い出す。遠い遠い昔の話である。忘れかけていたけれど、忘れ去ることのできない恐ろしい思い出である。誓いを破って女に話したのは男の責任である。「決して話さない、生涯誰にも話さない」、男は雪女にそう誓った。命を賭けて誓った。その誓いを不用意に破ってしまったことに男はふと気づく。
しかし、最初に自分の姿を見た者を殺すと言うしきたりを破ったのは女である。「生涯誰にも話さない」という、恐らく守りきれないだろう約束で男を解放したのは女である。
そしてその男に自ら近づき恋をしたのは女の責任である。男に近づかなければ、女は男の裏切りに気づかなかったはずである。結婚さえしなければ、仮に男が誓いを破ったとしても、女がそのことに気づかなければ、その誓いは誓いのままで女は男の裏切りを知ることはなかったはずである。
そもそも男の裏切りを誘ったのは女である。かつての記憶を呼び覚ますように、雪女にそっくりの女が男の目の前に居たからである。
女は自らの正体を男に明かす。明かすことは契約の履行を迫ることである。男は死ななければならない。それがこの男と女に負わされた出会った時からの宿命だったのだから。
だが二人の間には戻すことのできない時のはざまがある。10人もの子供の存在が、かつての吹雪の夜と今の二人の間に重たく横たわっている。
女は決断を迫られる。男の話を聞かなかったふりをして、今までどおりの生活を続けていくと言う選択もできたはずであるが、女はそれを選ぶことはない。
結局女は男に「子供のために殺さない」と言い置き、「子供が不幸になったら殺しに戻る」と叫びつつ、切なくも悶えながら自からが消えると言う道を選ぶ。女もまた、10人の子を捨てると言う刑罰を己に科す。
「男を殺す」という契約は一体何だったのだろう。どうして殺さなければならなかったのだろうか。「雪女の存在を人に知られてはならない」ことのためなのだとするならば、この物語の結末は何の解決にもなっていない。
女は男に出会った最初に、どうしようもない過ちを犯したのである。女は殺さなければならない男に恋をしたのである。許されない恋に走ったのである。雪女が一人なのか、それとも雪深い北国の山奥にひっそりとかくれ住む複数の存在なのかそれは知らない。
それでも女は、自らに課し、もしくは仲間と交わした掟を、たった一つの恋のために破ったのである。やがて訪れるであろう破滅の予感にもかかわらず、女は自らの恋に己の破滅を賭けたのである。
女にははじめから、男がいつか誓いを破るであろうことが分かっていたはずである。人間にこの誓いを守りきることはできない。女には誓いの最初から、やがて別れの時の来ることが分かっていたはずである。この物語は狂おしいまでの女の恋の破滅の物語なのである。
・・・・・・ところで、雪女の話にはもう一つ、どうしょうもなく暗い話がまとわりついている。若者が雪女に出会ったのは老人と二人で吹雪の山に出かけたときのことである。老人は命を失い若者は生き延びる。
そこで「姥捨て」(うばすて)とつながるのである。若者はその老人を吹雪の山へ捨てに行ったのである。山へ捨てて凍死させることが男の使命だったのである。
雪深い貧しい村でのぎりぎりの生活である。生活力のなくなった老人には、残された村人のために死んでもらわなければならない。
殺すのではない。捨てるのでもない。幼い頃から我々を育て慈しんでくれた村人、昨日まで一緒に暮らしていた村人に対して、どうしてそんな恐ろしいことができようか。老人は雪女に殺されるしかないのである。
それが村の掟である。村人にすら隠し通されてきて、老人に係わる者だけに密かに伝えられてきた永遠の秘密である。しかも、使命を終えた働き盛りの若者は必ず生きて帰ってこなければならない。
老人はどうして死んだのか・・・・・・。村人は密かに雪女のうわさをする。それでいいのである。それが真実なのである。本当のことなど、口が裂けても話せない、おぞましくも悲惨な北国の貧しい村の、知られてはならないしきたりである。
狂おしいまでに悲しい女の恋なのか、それともおぞましくも悲惨な姥捨てなのか、降り積む雪に白い女の姿はいつまでも闇の中である。吹雪の中に、はかない姿のままである。
2004.07.22 佐々木利夫
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雪 女