夕霧と落葉の宮

夕霧が落葉の宮(亡柏木の妻)の母からの手紙を読んでいる。そこへその手紙を落葉の宮からの恋文と誤解した雲井雁が嫉妬のあまり背後から忍び寄って奪おうとする。


 源氏は多くの女性と関係を持ったが、その子供となると驚くほど少ない。源氏の正妻は十二歳で左大臣家の婿となったときの葵上(源氏二十二歳の時に死去)と、四十一歳で迎えた女三宮の二人である。それぞれに一人ずつ男の子をもうけており、葵上との子がこれから話しを進めていく夕霧であり、女三宮との子が薫(かおる)である。ただ、この薫は源氏の子として育てられているものの、源氏にとっての我が子ならぬ我が子、女三宮と柏木との不倫の子である。
 正妻以外の子として、源氏物語最大の伏線、義母藤壺との不倫の子でありながら父桐壺帝の子(つまり弟)として育てられ、次期天皇となる冷泉帝、そして明石の君との間に生まれた女児、後に匂宮(におうのみや)を生む明石の女御がいる。

 都合男三人女一人であるが、これまでで分かるように、実の子は三人、しかも、まともなのは男一人、女一人という非常に複雑な関係になっている。そしてこの複雑な関係こそが、源氏物語五十四帖の基礎になっているのである。

 さて、夕霧は源氏二十二歳の子であり、二十四歳から二十八歳までは須磨へ流されているものの、その後の源氏は隆盛を極めているから、物心ついてからの夕霧はれっきとした実力者の御曹司である。
 したがって思うまま、気ままに振舞うことのできる立場にいるのであるが、しかし物語りの夕霧は、父とはまるで性格を異にする真面目で実直な人物である。そのことは、後に述べる落葉の宮を知るまでは、正妻雲井雁(くもいのかり、頭中将の子、柏木の妹)のほかに一人の愛人しか持たなかったことからも分かる。

 夕霧は生まれるとすぐ母葵上と死別しているから母の顔を知らず、祖母のもとで育てられる。一方雲井雁は夕霧よりも二つばかり年上であるが、母と頭中将が離婚したため、可哀想に思った頭中将が自分の母親に雲井雁を預ける。ところで葵上と頭中将は兄妹であるから、夕霧と雲井雁とは同一の祖母のもとで姉と弟のように育てられる。やがてこの二人は密かに恋を語るようになるのであるが、その幼い恋、そして雲井雁を天皇の結婚相手にしようと考えていた頭中将がその恋に気づいたことで引き裂かれる恋は、その純真な分だけ切なさもひとしおである(少女)。ともあれ二人の純愛は、7年の歳月を経て成就することになる。

 夕霧は先にも述べたようにただ一人、藤典侍(とうのないしのすけ)という惟光(これみつ)の娘を愛人に持っているが、正妻以外に関係した女性が一人しかいないというのは、この時代のこの身分の男としては珍しいことであり、夕霧は非常な堅物だったと考えてよいであろう。しかも、藤典侍は身分も低いことから雲井雁も特に問題としていない。

 ところで夕霧は雲井雁との間に8人、愛人の藤典侍との間に4人の子供をもうけている。特に雲井雁はその子育てに大童である。化粧どころか身繕いも乱雑であり、授乳の姿を夕霧に見せてしまうなど、その描写は子沢山の家庭の典型を目の当たりに見るようである。

 さてこうした平穏の中に柏木(雲井雁の兄)が死ぬ(柏木と夕霧のかかわりについては、別項「柏木」を是非読んでいただきたい)。柏木は死の間際に夕霧に、正妻落葉の宮(おちばのみや)を何かにつけ見舞ってほしいと懇願する。落葉の宮は天皇の二宮、つまり皇女であり、女三宮の腹違いの姉である。彼女は柏木へ降嫁(天皇の娘、つまり最も位の高い女性が、臣下と結婚すること)するが、当時皇女は結婚しないことも当然とされていた。柏木と二宮のかかわりについては、別稿「柏木」、「女三宮」を是非読んでいただきたい。
 この柏木の死あたりから話しがややこしくなる。笑い話に、海外へ単身赴任する友人から、「女房をよろしく頼む」と言われて、「よろしく」とはどういう意味だろうかと真剣に悩むというのがあるが、まさしくこの笑い話を地でいく展開となるのである。

 実直な夕霧は、柏木の遺言通りに落葉の宮を親切に見舞い続ける。始めは落葉の宮の母親である一条御息所が応対していたが、ある日身体の具合が悪く、落葉の宮本人が夕霧と直接会うことになる。夕霧二十七歳、若いといえば若いけれど、人生50年の当時としては12人の子持ちの中年男である。 

 実直な中年男に淡い恋心が密かに燃え始める。皇女であり、妻の兄の未亡人である。彼女自身、懇願された結果だとは言え最初の結婚そのものが皇女の身としては恥ずかしいと考えているのに、再婚するなどとは考えることすらできない。つまり、始めから実らない恋である。
 落葉の宮にも夕霧の気持ちを想像できないという不用意なところがあった。しかも、柏木という後ろ盾をなくした落葉の宮が、夕霧と結婚してくれれば自分たちの生活が安定するという、女房たちの密かな思惑が夕霧の行動に更に拍車をかけていく。

 落葉の宮のところへ通うにつれ、夕霧の恋心はますます高まっていく。落葉の宮はそれを迷惑と考えるが、募る思いに夕霧は舞いあがり、相手の気持ちを察する暇もあらばこそ、ストーカーのように恋する男を一人で演じることになる。

 そんな夕霧に願ってもない好機が訪れる。物の怪に悩む落葉の宮の母親一条御息所が落葉の宮と一緒に、比叡山の山麓にある小野の山荘に移ったからである。山荘まで追いかけていった夕霧は、落葉の宮に自分の気持ちを切々と訴え、はかばかしい返事がないと知るや、今までの母を含めて面倒を見続けていたことまでも言い出す始末である。
 一条御息所が苦しみ出す。取巻きがあわただしく動き出す機会に乗じて夕霧は落葉の宮の寝所に忍び込む。それでも頑なに拒む宮に対し夕霧は、脅迫じみた言葉さえ発するが、結局は無理強いをせず、朝になってひとり帰ることになる。

  分けゆかむ 草葉の露を かごとにて
      なほ濡れ衣(ぬれぎぬ)を かけんとや思ふ


 あなたが踏み分けてお帰りになる草葉の露にお濡れになるのを言いがかりにして、やはりこの私に濡れ衣を着せようとお思いになるのですか。

 夕霧の訪れが世間に誤解されるだろうと思いながらも、せめて自分の心にだけはやましさのないようにしておこうと、彼女は必死の思いを歌に託す。

 彼女の予感通り、朝帰りする夕霧の姿を祈祷に来ていた僧が見ており、一条御息所の知るところとなる。御息所は二人の関係を誤解し、皇女が柏木と結婚することすら反対だったのに、再びこんなことになってしまったことに屈辱を覚えるが、事実を動かせない以上夕霧に今後を託すしかないと考える。

 当時の結婚は、男が女の家へ向かうことで成立しており、寝室を共にした場合は三日連続して通うことが結婚の意思表示であった。にもかかわらず、ことの成就がなかった夕霧にとつて通い続けることは考えもできないことだったし、落葉の宮にとってもそれは同様であった。しかし、二人が男女の仲になったと信じている一条御息所にとって、次の日から通ってこない夕霧に、単なる気まぐれだったのかと絶望するばかりである。

 やがて落葉の宮のことは雲井雁の知るところとなる。嫉妬に身を焼く雲井雁、しかも相手は自分とは身分違いの皇女である。
一条御息所は夕霧へ一夜限りの訪れをなじる手紙を書く。これを落葉の宮からの恋文と誤解した雲井雁は、読もうとしている夕霧の背後からその手紙を奪ってしまう。それでも夕霧は、「あなた一人を守っている堅物の男だと世間の人から思われてしまうのは、あなたにとってもいいことではないですよ」とうそぶくけれども、その手紙を取り返すだけの気力もない。

 この小野の山荘事件あたりからの夕霧の行動は、手紙を奪われるエピソードも含めてまさに夕霧にとっての喜劇であり、落葉の宮や一条御息所にとっての悲劇である。
 夕霧は彼なりに誠実であり、一本気である。しかし、それが結果として落葉の宮やその母一条御息所の運命を翻弄していくことになんら気づいていない。
 誤解とは言え一条御息所は夕霧のあまりの不実を恨み続け、それがもとで死んでしまう。その死の原因が夕霧にあることを落葉の宮は知っており、母の後を追いたいとすら考える。一方夕霧はそんな落葉の宮の気持ちにおかまいなく、懸命に彼女の出家の気持ちをおし止め、故御息所の葬儀や法要に力を注ぐのである。

 なんと不器用な夕霧であろうか。力でねじ伏せるのではなく、真剣に考えているのである。一条御息所から届いた不実をなじる手紙さえ、落葉の宮との結婚を許し懇願している手紙なのだと思い込もうとするのである。まさにその一生懸命なところが滑稽であり、一生懸命な分だけ女を傷つけていることに少しも気づいていないのである。

 そして夕霧は故御息所の四十九日の法要をすべて取り仕切り、そうすることで対外的に落葉の宮の夫は自分だと思わせるような行動に出る。後見を持たない落葉の宮にとって、自決をするか出家をするかしかないという出口のない立場に、結局は追いこ込まれてしまう。
 しかも、「後見のない出家は恥ずかしい思いをするだけだ」と父である朱雀帝からも残った出口さへふさがれてしまう。

 落葉の宮は小野の山荘から京の我が家へ戻ろうとするが、これを知った夕霧は、結婚の日取りを勝手に決め、部屋の飾りなどの準備を部下に命ずる。既成の事実を作り上げられ、周囲の人々から「これを拒むなんてわがままだ」とまで言われてしまった彼女に、他にどんな選択肢があったろうか。

 自分の意思とは係わりなく引越しの準備が進み、美しい着物が用意され、車の用意さえされてしまった孤立無援の裸の女に、抗うすべは残されていない。戻った京の家も住みなれた想い出の家ではない。夕霧によって作りかえられた夕霧を迎え入れるための家である。そして八方塞がりに追い込んだのは夕霧の一方的な善意である。
 夕霧はその日のうちに忍んでいく。強引に思いを遂げることはなかったが、逃れようのない彼女の立場に、夕霧は優位の味を噛みしめる。彼女が夕霧の思いに屈服してしまうのにそれほどの時間はかからなかった。

 やがて右大臣になった夕霧は、雲井雁と落葉の宮の間を月を等分に分けて、15日ずつ几帳面に通うことになる(匂宮)。
 ここでも夕霧は誠実である。しかし、落葉の宮はすでに抜け殻である。落葉の宮の消息は、これ以後物語りの中には出てこない。

 一体、彼女の人生とはなんだったのであろうか。そもそもの柏木との結婚そのものだって、腹違いとは言え、妹である女三宮の代替物であった。そして柏木の死と夕霧との生活、彼女には気持ちを安らかにする居場所はなかったと言って良い。皇女と言う位の高い身分に生まれながら、結局は自分の意思を通すことができず、追い詰められるだけの人生であった。

 それは女が女であること、ただそれだけのために、自らの意思で生きる手段を奪われていることの悲劇を伝えたかったのか、そうした社会の仕組みに抵抗することの無意味さを示したかったのか。

 源氏物語は千年も前の作品である。時代は変わったと言えるかも知れないけれど、現代でもどこか根っこの根っこの方で、落葉の宮のうめきが聞こえてくるような気がしてならない。
                   2003.11.29   佐々木利夫