性犯罪の前歴を持つ人物の情報を警察で把握し、再犯防止に役立てようとする動きが起きている。
 もちろんそうした動きに賛否両論があるのは当然のことだろう。

 再犯は性犯罪だけなのか、再犯率が高いと言うが実証的なデータはあるのか、再犯の恐れというだけで特定の人間を監視するのは本来自由となった人間の権利の侵害にならないのか・・・・・などなど。

 こうした意見は良く分かる。犯罪を犯したという一度の過ちが一生のレッテルになるなんて人権無視もはなはだしいという意見も良く分かる。
 しかしながら、「それでは、どうしたらいいのか」という議論になると、とたんに分からなくなってしまう。

 今朝の新聞論調である。「性犯罪再犯をどう防ぐ」という特集で、「再犯を防ぐには何が有効か」の質問に、こうした個人情報開示の流れを危惧する識者はこんなふうに答えている。

 「再犯ではなく、まず初犯を防ぐ手だてを考えるべき。性犯罪は女性の性的自由や人権に対する理解や教育が足りないからだと考える。・・・・どんな環境や教育で育った人間が性犯罪に至るのかそれをしっかり検討し、刑務所などに入った機会に十分な矯正プログラムを実施することが必要」(読売新聞、05.01.25)。


 こんな意見を聞くと、「ああ、またか」と思ってしまう。こうした意見は正論だと思う。
 しかしながら、同時に、「そんなこと分かってるよ」と言うレベルの正論は、反論できないという意味しか持っていないだけであって、実は議論の対象となる正論にはなりえないのではないかと思うのである。

 正論とは、「正しいことを言うこと」だと私は単純に考えているのだが、例えば、「人には優しく」であるとか、「戦争はやめましょう」なんて言うテーマを持ち出したりしたとき、そのことに反論なんてできないと思うのである。

 車を運転するドライバー自身が、法定速度を守り安全運転に心がけていれば、かなりの交通事故が減るだろう。他人を羨まないで今ある生活に満足することを知れば、殺人や泥棒はなくなるかも知れない。
 もっと卑近に、野球で監督が全部の選手に「ヒットを打てば勝てる」と諭したとして、そのこと自体は正論である。盛り場を巡回して「非行はやめましょう」も正論である。

 でも、そうした正論が「今の問題」になかなか役に立たないから、「どうしたらいいのか」という疑問が出てくるのである。「ヒットを打つべきだ」とか「戦争はやめるべきだ」と言っても、「べき」だけでは世の中変わっていかないから、悩むのである。

 私はそうした正論が悪いと言うのではない。しかしながら、だだ正論を振り回すだけでは現下の問題を解決できない場合が多いのではないかと思っているのである。
 正論は100点を目指しているのだろうし、それが実現すればどんなに素晴らしいかとも思う。でもそれでは「今」は直らないから困っているのである。

 今できること、これからしなければならないこと、長い時間をかけて実現していかなければならないこと、無理でも理想に向けて努力していかなければならないこと・・・・・、それぞれに欠点は存在するだろう。そして正論の持つ決定的な欠点は、その実現に時間がかかり、場合によってはそのかかる時間が永遠であるということである。

 だから順番を決めて、今やれることはすぐにやらなければならないのだと思う。問題点をあげつらい、理想を追うだけでは先へ進まないのである。先へ進まないと言うことは、その間に新たな事件が発生するということであり、事件の発生は同時に救われない被害者の増加を意味するのである。

 アメリカでは特定の性犯罪者の氏名や住所を公開しているというし、イギリスでは発信装置の着用が義務付けられており、常にGPSで所在が監視されていると言う。韓国でも2年前からアメリカに類似した方法で公開していると聞いているし、最近ではその効果を高めるために顔写真まで公開してはどうかということが議論されていると聞いた。

 犯罪は裁判で処罰が確定し、罪に服することで終了する。だからこうした犯歴の公開は二重の処罰になるのではないかという議論は、問題提起としては良く分かる。
 それでも、「性犯罪の加害者の個人情報は公開される」ことを、国民全員が知るような状況を設定できるならば、それは犯罪の大きな抑止効果をもつ方策として機能するのではないだろうか。

 政治でも経済でも裁判でも正論が大はやりである。それぞれが「国民が・・・」、「国民が・・・」の大合唱であり、我こそが正義だと主張するばかりである。

 いつでも、どこでも、誰にでも通じる正論なんて、実はなんの役にも立たないのではないかと、あんまり正論と称する主張がしたり顔を見せながら氾濫してくると、どこかでふとそんな風にへそ曲がりは感じてしまうのである。

                        2005.01.25    佐々木利夫


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正論への疑問