昨日は郡上八幡の民宿でゆっくりと寝た。三日目の風の盆に付き合うぞとの意気込みは良かったのだが、途中下呂温泉に浸かっているころから朝から機嫌の悪かった空模様が雨になってきた。岐阜と富山では天候が違うと祈りながら八尾に入る。だが小雨は止まず、雨足は少しずつながら激しくなっていくようだ。
 しかも一昨日に車を置いた場所には既に他の車が停まっている。雨と駐車場なしの状況は、なんとも気持ちの落ち込むものがある。

 だがしばらく町を流していると、まさに天の恵み、我が専用(?)の駐車場から見事に車が消えているではないか。これぞ天候も含めて先行き幸運の前兆と感謝する。雨はきっと上がるに違いない、そう確信して車を停め、びしょびしょになりながら鍋料理での夕食に入る。ただし忠告。鍋にそばを入れて煮込むのは止めた方がいい。すぐに延びてくにゃくにゃになるし、おまけに雨の中傘片手とは言いながらビールも水割り、酒も水割りでは意気消沈そのものである。

 雨は止みそうにない。カメラ持参なので傘はどうにも邪魔になる。簡易な雨合羽に長靴スタイルで、カメラはタオルで包み更にレジ袋をかぶせて街に繰り出す。
 さすがに路上での流しはどこも中止である。街に溢れているのはこの日の踊りを見物に来た観光客ばかりである。雨に濡れた街ごとの舞台も無人のまま頼りない姿をさらしている。

 それでも町内ごとの会館では、それぞれに歌い、踊っている。もちろん屋内だから外からゆっくり眺めることなどできないのだが、それでもこんな雨のあることも予想してか、比較的窓が大きく取ってあって人ごみの陰からにしろそれなり外から見ることができる。
 特に車の停めてある近くの天満町の公民館は広間の片側が大きなガラス窓になっていて、若い男女の踊りをゆっくりと見ることができる。もちろん雨ながら外は鈴なりの見物客だから、そんなにゆとりのある鑑賞とはならないけれど、きっとこの場所で通年練習を重ねてきたのだろうとふと感ずる。

 町々の会館を回ってみる。それなり満足はしたのだが、それにしてもこの雨では期待した風の盆最終日の雰囲気にはほど遠い。降る雨はコートを通して下着にまでしみこんでくるし、カメラを包んだタオルからも滴がたれてくる有様である。
 初日の気負った情緒には遠く及ばないけれど、これもまた祭りである。初日に踊った上新町の輪踊りも開催されないことになった。雨に濡れた体は、気持ちまで萎縮させてしまう。まだ午後11時くらいだが、車に戻ってちびちび酒でも飲みながら祭りの余韻を味わいつつ寝ることにしよう。雨はまだ続いている。

 ・・・・・・・・・・・。何時だろうか。車の外はまだ暗い。目覚めるともつかぬぼんやりとした耳に雨の音が聞こえてこないのは気のせいだろうか。更に耳をすますと微かにおわらの歌声が聞こえてくるではないか。
 思わず車から出て見る。雨はすっかりと上がっているではないか。時計は午前3時を回っている。この歌声はきっと町流しに違いない、そう確信して最後の祭りへと歩き出す。

 やってる、やってる。この時刻、この雨に観光客はすっかり少なくなっていて、狭いながらも広々と使える道々を自分のために楽しんでいる町流しをあちこちで見ることができる。

 街中が踊っている。
 街中が歌っている。
 街中が弾いている。
 街中がおわらになっている。
 風の盆最後の夜を
 ひとりひとりが
 自分のために楽しんでいる。

 胡弓を弾きながらおわらを歌う一人だけの男の流しがいる。小さな店先でカセットの曲に合わせて一人で踊る女性がいる。数人でまるで掛け合いのようにしながら歌い踊るグループがあちこちの路上を流している。姿は見えないけれど、締め切った民家の中からも胡弓が聞こえ、歌声が響いてくる。
 ほとんどすり足のようにして踊りながら街を回る姿からは、盆踊りであるとか風封じなどの意味を超えた静かで穏やかで内に秘めた「情」みたいなものが伝わってくる。

 午前5時、夜明けが白んでくる。踊りはまだ続いている。なんだか雨のおかげで一回り大きな風の盆に出会うことができたようだ。
 ふと、咲き始めは白い花なのに夕方から朝にかけてピンク色に染まっていくという、だからこの名で呼ばれている「酔芙蓉(すいふよう)」(そう言えば街のあちこちでこの花の鉢植えが売られていた)のことが「風の盆恋歌」の中に書かれてあったなと、そんな楚々とした花の風情を思い浮かべながら段々と明るくなっていく空を車へと戻る。

 二度寝から覚めた午前7時、橋の上をランドセルの小学生が渡っていく。もうおわらの歌声は聞こえてこない。明るい朝に日常が戻ってきている。風の盆は終わったのである。この空の雨上がりのさわやかさは、風の盆に抱いていた私の長い想いへの贈り物である。


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                               2007.4.23    佐々木利夫


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おわらを踊る・風の盆 

                   (後 編)