税務署に勤めていた若い頃に経験した、自分の職業を名乗ることに伴う葛藤については先週書いたところだが(別稿「税務署に勤めてます」参照)、税金はまた人の世と好むと好まざるとにかかわらず切ることのできない側面を持っている。
 そのことは儲けるという行為そのものは経済人として当たり前のことでありながら、一方においてその一部を公的権力機関たる税務署(つまり国家に)に納付しなければならないこと(場合によっては国の法律で定められた額を強制的に徴収されること)でもあるからである。

 現在国は国債などの借金にまみれているから、このままでは医療も介護も年金もいずれ破綻してしまうので今後の増税は避けて通れないとの話を巡って、最近の政局の混乱の中で自民公明の与党と民主党を中心とする野党の対立がかまびすしい。

 そうした時にかならず出てくるのが「税金の無駄遣い」である。無駄遣いをなんとかしなければならないことくらい誰が考えたって当然のことだとは思うのだが、それでも与野党の対立は無駄遣い対策の具体的手順そっちのけで政局と言う主導権争いにまで及んでいる。
 そんな議論の中で「国民の税金」と言う大義名分を示す言葉として「血税」の語が国会内でも新聞テレビなどのマスコミでも頻繁に使われている。「血税をどうしたこうした」との議論は政治家も官僚も国民に説明しやすいと考えているのかいたるとろこで使われ、今ではこうした使い方が国民に税金を説明する、もしくは増税のイメージを抽象的な善悪の方向へと持っていくための手っ取り早い方法だと思われているようですらある。

 ところで本来「血税」とはこうした日常的に使われているような意味を持っていたのではないはずである。血税とは「血の滲むような苦労の末に獲得した金から無理やり国へと納めさせられるもの」の意味ではない。血税とはその名の通り「血によって国へ治める」の意味であり、「血」とは「命そのもの」、つまり国へ命を捧げることを意味しているのである。だから血税とは金銭なのではなく、自らの血を捧げるという意味での兵役の義務を示す言葉だったのである。

 日本に兵役の義務、つまり徴兵制度がなくなったのは、第二次世界大戦後に施行された現行憲法にこの制度が外れたからである。日本における兵役の義務は古くは万葉集で知られる防人(さきもり)の時代から存在していた。
 近くは大日本帝国憲法(明治憲法)が「日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス」(10条)と定めた。具体的には国民皆兵を基本とした徴兵令として法制化され、その後兵役法へと改正されて日本はこの世界大戦に挑んだ。兵役法は敗戦に伴って1945(昭和20)年に廃止されたけれど、それまでの長い間赤紙、徴兵検査などの言葉に象徴される形で国民の上に君臨し続けた。
 その兵役法が廃止されてから60余年、この法律が適用された人々の多くが既にこの世から去り、残る者も80歳を超える時代になった。だから今更、血税の意味が兵役の義務を指すのだと言ったところで、その意味が戦争を知らない人々に通じなくなっているのは仕方のないことなのかも知れない。

 ところで、かつて読んだ本の中に、血税の意味を本当に「血」そのものだと誤解した話が載っていたことを思い出した。
 明治6年、鳥取県のある地方に徴兵適齢期の者に対して身体検査の通知が届いたそうである。ところがこの通知を受けた者の中に目の見えない者や耳の聞こえない者も含まれていたそうである。それで兵隊に使えない者にまで検査をすると言うのはきっとその者の体から脂(あぶら)を抜き取るためではないかとの噂が部落の中に広がったそうである。ちょうどその頃、まるで別の仕事でその村の近くを通りかかった見慣れぬ人間を見た村人の一人が、これこそ血取り役人だと誤解し「血しぼりがきたぞ、血しぼりがきたぞ」と村中に触れ回り、その結果村中の者でその者に重症を負わせると言う事件が起きたとのことである(日本残酷物語4「保障なき社会」P24、平凡社)。

 そうした誤解は別の地方では一揆の発端になるなど、形を代えて全国に広がっていたらしい。そうした背景には明治6年に公布された太政官布告の文言にあったようである。その布告にはこんな表示があったそうである。

 「・・・人タルモノ、モトヨリ心力ヲツクシ国ニ報ゼザルベカラズ。西人コレヲ称シテ血税トス。その生血ヲモッテ国ニ報ズルノ謂ナリ」(前掲日本残酷物語4、P23)。

 ともあれ税には収奪の歴史たる側面もあったから、例えば「苛政は虎よりも猛し(高い税金を課されるよりは虎の潜むような苛酷な土地であってもそこに住む方が暮らしやすい)」(孔子)などの話しからも読み取れるように、税には時に「血」そのものと結び付けやすい現実的な歴史が潜んでいるようである。



                                     2009.2.28    佐々木利夫


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