物忘れをすると言うのは70歳を超えると当たり前の現象なのかも知れない。ただ、逆に言うなら忘れるというのは老若や加齢とは関係のない人間としての本質でもあるのだから、「物忘れ」に気づくということはそれだけ「記憶していたはずだ」との記憶がしっかりしていることではないかと自らを慰めることもないではない。
それにしてもいわゆる「思い出せないこと」が気になりだすと、ついそのことに自分の年齢を重ね合わせてしまい、どうしても物忘れに結びつけたくなってしまう。前回物忘れについて書いたのは4年前、ラジオから流れる知っているはずのクラシック曲の作曲家や曲名が思い出せないことについてであった(別項「
物忘れが始まった」参照)。ところで最近、これに似たような現象が身近に起きてきたのである。
私の事務所は札幌の中心地から数キロはなれた小ぢんまりした街にある。副都心と呼ぶほど大きくはないし、だからと言って片田舎と呼ぶにはいささか卑下のし過ぎかと思う程度の地域である。札幌は10の行政区に分かれていてここは西区の一応の中心地であり、事務所の目の前には西区役所がある。事務所を出て区役所の横を通って約5分ほどで地下鉄琴似駅に着き、更に10分ほど歩くとJR琴似駅へとつながっている。その通りがこの地域のメインとなる駅前通りであり、商店やスーパーや飲食店の立ち並ぶそれなりの繁華街になっている。
別にリーマンショックや東日本大震災などの影響を直接受けるような巨大な商業地域ではないけれど、それでも何年もこの通りを歩いていると、少しずつ町並みの変っていくのが分かる。コンビニができる。間もなく焼き鳥屋に変わっている。パチンコ店が廃業する。居酒屋チェーンが入ってくる。いつしか飲食店ビルの名称が変っていて、入居している店もいつとはなしに一軒、二軒と看板が変っていく。電気屋が消え、間もなく大型ディスカウント店が少し離れた駅裏に開店する。美容室が新たに開店したと思う間もなく、不動産仲介業者の事務所になり、それも束の間ラーメン店に改装されるなどなど・・・。
有為転変はこの世の習いだろうとは思うけれど、それにしても繁華街といえども個別の商店にとっては閑繁もまた人の世の習いになっているのだろうことは看板の変遷からでも感じることができるし、同時にまた経済の変化や時代の流れが感じられる現象でもある。
こんな思いで街を歩いている。この界隈に私の得意先や親戚・知人などの利害関係者はいないので、どの店が廃業しようが支店を増やそうが無関係である。仮に馴染みの飲み屋がそうした渦中に巻き込まれたところで、社交的な儀礼の範囲内での思いはともかく、それ以上の特別な感情を抱くことなどないだろう。仮にその店が消えてしまったところで、昨日までの私の日常と、店がなくなってしまった明日からの生活とがそれほど変わるとは思えない。店の経営者にしてみればそれはまさに人生の一大事かも知れないけれど、私にしてみればきっと些細な変化にしか過ぎないと思うのである。
それは私の事務所にしたところで同じである。仮に仕事にしろ家庭にしろ、とんでもない事態の発生で閉鎖するようなことになったとしても、恐らく同情はされても命がけで救ってくれる者などいないだろう。多分反対の現象が生じたところで、私が命がけでそうした現象の救済に奔走するとは思えないからである。
さて閑話休題。そんな町並みの変化を眺めながら歩いていて、ある場所が突然更地になっていることに気づいた。そんなにきょろきょろしながら歩いているわけではないけれど、駅前通りなのだからそれなりの変化は自然に目に入ってくる。更地になった空き地は、ほどほどのビルなら十分建てられるほどのけっこうな広さだった。
そして突然気づいたのである。気づいたのではない、忘れてしまっていることに愕然としたのである。その空き地にどんな店があったのか記憶にないのである。空き地の両隣りに続く商店などはそのまま残されているから、それはそれで「いつもどおり」として了解できている。空き地のすぐ手前の中国名らしい焼肉店は相変わらず営業を続けているし、店頭から漂ってくる香ばしい匂いはまだ入ったことはないけれど夕方の帰り道の私を誘う。空き地の向こう隣の店は一階が古本屋で二階は何かの事務所になっていて、その古本屋は何度か利用したことがある。その焼肉店にいたるまでの街並みも、古本屋を過ぎてからの街並みも特に変ったところは見られない。いつもどおりにスーパーや美容院があったりパチンコ店があったりなどが駅まで続いている、いつもどおりの風景である。
と言うことは、その空き地にあったであろう店(?)についても私はきっと覚えていたはずである。駅前通りの繁華街だから商店や事務所以外の戸建て住宅やアパートなどがあったとは思えないし、もしあったのならそのことくらい覚えているはずである。にもかかわらず、更地になった跡地に取り壊される前にどんな店舗が建っていたのか、それがどんな商売をしていたのかなどの記憶が私の中からすっぽりと消えてしまっているのである。
空き地になったことに気づいてから10日ほど経つ。毎日のようにその傍らを通り過ぎながら、この焼肉店の隣にはどんな店があっただろうか、この古本屋の手前には何があっただろうか、そんなことをしつこいくらい自問してみる。それでも私の頭は、なんとしてもその回答を返してこない。時に空き地の前に立ち止まって一ヶ月、二ヶ月前の街並みを思い出そうとするのだが、その焼肉店や古本屋のことはしっかりと思い出すのに(目の前に店があるのだから、思い出すも何もあったものではないけれど)、肝心の空き地になる前の街並みにまつわる思い出は少しも浮かんでこないのである。
消えた街並みを思い出したところで何の意味もない。そのことはよく分かっている。もしここが仮に馴染みのスナックの入居していたビルだったとしたら、それは「馴染み」の程度を超えたとんでもない怪談話になるだろう。恐らく私とは直接はおろか間接的にも、もしかしたら情緒的にも無関係な店だったのだろうけれど、それにしても「思い出せない」と言うのはどうにも奥歯にものが引っかかったようで気持ちが悪い。それは「覚えているはず」が「思い出せない」のであり、それはもしかしたら「忘れてしまっている」ことと同じ、つまり「物忘れの始まり」ではないかと私を脅迫してくるからである。
多分間もなくその「忘れてしまったことへの脅迫」そのものも、忘れてしまうことだろう。駅前通の結構な広さの空き地である。放置されることなく新しいビルの建築が始まり、居酒屋かパチンコ店かコンビニか、それとも何かの事務所かが新装開店の花輪を並べることだろう。そしてそれと同時に、その新しいビルを含めた街並みが私の記憶を補完し、その街並みが当たり前の事象として刷り込まれて「忘れてしまった記憶」そのものを追い出してしまうことだろう。そうした「忘れてしまったことを忘れる」こともまた、私の物忘れの一つになっていくのだろうか。
2011.6.10 佐々木利夫
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