「パニックを起こすから国民に知らせない」なんてのは余計なお世話だとつい最近書いたばかりなのに(別稿「パニックと言い訳」参照)、またぞろ同じような場面が出てきたことにどこか呆れている。北朝鮮が発射したミサイル(北朝鮮は人工衛星の打ち上げだと言っている)についての日本政府の対応振りである。
 日本政府は国民への周知が遅れたことについて「パニック」なる用語を言い訳に使っているわけではない。でも「不確かな情報をそのまま国民に伝えるわけにはいかなかった。ちきんとチェックができるまでに時間がかかった」との弁明はそのまま、不確かな情報で国民をパニックに陥れるのを避けるとの言い訳が透けて見えてくるように思える。

 北朝鮮がロケットを発射したのは、4月13日(金)午前7時38分頃だと言われている(以下の日本政府の対応も含めた時刻の推移は、基本的に朝日新聞4月14日「ミサイル発射ドキュメント」及び4月17日「ミサイル発射の時系列表」によっている)。
 北朝鮮が金日成(キム・ジョンイル)主席の生誕100年の祝賀行事に合わせて人工衛星を発射するとの声明は既に予告されていた。だから国際的にも日本国民にとっても、発射自体は不意打ちではなかった。

 ただそうは言っても人工衛星打ち上げとの言い分は、大陸間弾道ミサイルの発射実験を糊塗したものだとの理解は世界の共通認識でもあった。しかも発射方向は南でその軌道上に沖縄諸島が含まれいること、なんらかの原因で失敗したり方向のコントロールができなくなったような場合には韓国や日本を含む東南アジア一帯に重大な影響を与えることが懸念された。そのため、アメリカを含めて関係する地域の国々は発射そのものを抑止させるよう北朝鮮へ働きかけ、またロケットの追尾や領土内に本体や部品などの落下物があった場合に備えて破壊の準備をするなどに注意を向けていた。

 さすがにミサイルそのものを発射するとは考えられていなかったようだが、それでも北朝鮮のロケット技術などから、例えば第一弾ロケットの残骸や場合によっては本体そのものがが日本国内に落下する可能性は十分に考えられていた。ミサイルそのものではない言っても、破片だけでも大きな被害を受ける可能性は十分にあるからである。

 結果的にではあるがこの打ち上げは失敗し、発射後1分少々で爆発してしまったから日本はもちろん予想コース上の関係各国への影響も杞憂に帰すことになった。だがこの発射の事実を巡って政府のとった対応の仕方が問題とされた。結果論としては周辺諸国も含めて何の被害もなかったのだし、発射した北朝鮮にも「失敗した」という面子であるとか莫大な費用が霧散したとの思いはともかくとして、特に物理的な被害らしいものは起きなかったのだから「被害なし」という意味では一安心であった。

 だがことはそこで済むものではない。まさにこの事件は日本の危機管理を真正面から問うことになったからである。北朝鮮からロケットが発射されたということは、少なくとも何かが日本の方向に向って飛んでくることを意味しているのである。
 そうした事実を政府も含めて日本の誰も知らず、結果として国民に知らせることができなかったと言うのなら、そこで話は終わりである。検知するための装備の開発はどうなっているのかだとか、もっと違った外交努力を重ねるべきだとの意見はあるだろうけれど、少なくとも知らなかった事実は知らせようがないからである。たとえ本物の核ミサイルが東京都心に向けて発射されたとしても、その事実を政府も世界の誰もが知らなかったのならその事実を国民に知らせようがないのは明らかだからである。

 でも、知っていたのに知らせなかったのだとしたらことは重大である。国民に知らせるのは少なくとも政府にとっての基本的な義務だと思うからである。仮に不正確な情報であったとしても、不正確であることも含めて国民に知らせることは政府の国民に対する大事な義務であると考えられるからである。たとえ知らせても、知らせを受けた国民がなんの対応もできないまま呆然と時を重ねるしかない場合だってあるかも知れない。「あと30分で核ミサイルが飛んできます」と伝えられたとしても、その30分で何ができるかと問われるなら、その情報はほとんど無意味なのかも知れない。それでも私は、「じたばたし」、「呆然とし」、そしてパニックに陥ってなすすぺもなく泣き喚くだけしかできないとしても、だからと言って政府が「知らないほうがいい」として隠すべき正当な理由になるとは断じて思えないのである。

 政府の国民への発表は田中防衛大臣が8時23分に行った「何らかの飛翔体が発射されたとの情報を得ている」としたのが第一報である。ロケット打ち上げから実に46分が経過してからのことである。もちろんアメリカの宇宙ロケット発射のテレビ同時中継とは異なるし北朝鮮も発射の事実を秘していたから、発射と同時にその事実を知ることはできないことは承知である。そして政府が発表した時刻まで、日本政府が発射の事実を知らなかったのならそれもまた止むを得まい。

 とろこが防衛省は発射2分後の7時40分頃にアメリカの早期警戒衛星(SEW)からの情報を得ており、沖縄宮古島の航空自衛隊に発射を知らせる信号弾を打ち上げてさせているのである。そしてその更に2分後の7時42分には、藤村官房長官へSEWからの情報が寄せられている。少なくともこの段階で政府は発射の事実を知ったことになる。7時51分、韓国のニュース専門放送局が発射を速報。8時00分、韓国国防省は北朝鮮が7時39分頃長距離ミサイルを発射したと伝えている。

 日本の対応は更に混乱する。内閣官房の緊急情報システム(エムネット)は、8時3分に「我が国は発射を確認していない」との速報を流したのである。8時5分、アメリカCNNテレビが発射を速報。そしてやっと8時23分になって田中防衛大臣の出番になったのである。韓国政府からの発表からでも23分の遅れがあり、アメリカ本土のテレビ報道からでも18分もの遅れである。

 それなりに言い訳はあるのだろうと思う。政府はこうした伝達システムについて検証していくと言っているし、正確な情報を得るために導入した「複数の場所から同じ情報が得られるまで判断を留保する」とのダブルチェックのシステムが悪いほうに機能してしまったとも言っている。

 でもことは寸秒を争う日本の危機管理の問題である。新聞テレビなどで、後日になって整理されてしまった情報をもとに責められるのは後出しじゃんけんみたいなもので政府としても不本意かも知れない。でも危機管理とはまさに即発で対処できるようにシステムが構築されていなければならないのではないだろうか。そうした意味では、発表されたメッセージの内容も含めて日本の危機管理はとてもお粗末なように思えてならない。

 正確な情報であることにこしたことはないだろう。でも必要な情報ならば仮に不正確であったとしても、不正確であることも含めて知らせることが大切なのではないだろうか。

 政府は少なくもと発射の情報を得た4分後の7時42分には、「未確認ではあるがミサイルが発射されたとの情報を得た」、「方向や内容についても不明で、国民に影響があるかどうかも判断できない」、「得られた情報は逐一○○を通じて発表するので、国民は冷静に対処してほしい」、くらいのメッセージは即座に発表すべきではなかっただろうか。

 そして一番気になったのは、この北朝鮮のミサイル発射が事前に世界に公表されていたことである。そして世界中が北朝鮮は恐らく発射を強行するだろうと考えていたことである。つまり、政府は数日間という短かい範囲または期間内で発射されるだろうことをあらかじめ予測できていたことである。にもかかわらず発射された場合に備えた国民への情報伝達の方法について、ほとんど検討されていなかったことがこうした事実から明らかになってきたことである。

 政府と自衛隊などとの間で、飛翔体が本土に接近した場合の迎撃などについての準備はできていたのかも知れない。でも、少なくとも国民に「発射の事実を、どの段階で、どう伝えるか」ついては事前に何にも考えられていなかった、そんな風に思えてならないのである。迎撃の準備はできていたのかも知れない。だがそうした場面に国民はいなかったのである。なぜなら、情報が確実と分かったときに公表するとの政府の姿勢を認めるとするなら、もしロケットが本土攻撃を目指していて順調に飛行を続けていたなら、ミサイルはすでに私たちの頭上で爆発しているかもしくは目の前に迫っていることになるだろうからである。

 先にも書いたとおり、発射後直ちに公表されたところで私たちはその事実になす術などないかも知れない。だとするなら国民に無用の混乱を与えてあたふたさせることよりも、何も知らないまま一瞬で死なせてしまったほうが慈悲であるとでも政府は考えているのだろうか。
 もしそうした思いが僅かでもあるとしたなら、それはまさに途方もない「余計なお世話」であり、思い上がりもはなはだしい政府の傲慢である。私たちはそこまで政治に自分の運命を委ねているわけではない。


                                     2012.4.18     佐々木利夫


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国民不在の危機管理