若い頃は数学にそれなり興味があって、微分・積分だの統計学だのとあちこち手を伸ばした記憶がある。ただそれとても素人の算数好きの域を超えるものではないことくらい、自分でも自覚はしていた。今だに円周率に興味をもっていたり、素数やオイラーの法則になんとなく夢を感じたりするのは、この歳になってもまだどこかに数学好きの残滓を引きずっているからなのかも知れない。
 そんな私に少し前のエッセイで、ギリシャ時代に角の三分割、円と同じ面積の正方形の作図が話題になったとの話しを読んだ。読んだときにそのことに挑戦しようと考えなかったのは、70歳を過ぎてすでにそうした話題に対するチャレンジ精神が枯渇していたことの表れということでもあろうか。そのときは「ふん、ふん、そんなものかね」程度で読み飛ばしてしまった。

 話しは変わり、それからしばらく経った数日前のことである。我が家に娘二人とその孫たちが集まって、父の日とも、先月の脳梗塞の退院祝いともつかぬ飲み会をやることになった。上の娘の子は既に二人とも成人しているが、下の娘の子はまだ高2男、中3女の未成年である。テーブルの料理をいい加減平らげて満腹すると、母親や爺さん婆さん年長のいとこなど、大人の飲みながらの会話からは何となく外れてしまうことになる。所在なげに隣室の私の机に向かってテレビを見ている。

 そんなときにこの角の三分割をふと思いついた。二分割は簡単である。基本的には定規とコンパスを使って作図し証明するのだが頭の中でも答えは出せる。任意の角を持つ二本の直線を適当に引いて角の頂点にコンパスの針を置き、そこから延びる二本の直線との交点に印をつける。その二つの交点にそれぞれコンパスの針をたて、そこからの等距離の交点を新たに見つける。その交点と角の頂点とを結ぶと角の二分割線ができるくらいは作図しなくても頭の中だけで分る。角の三等分も、それほど簡単に頭の中ではできなかったけれど、任意の角の外側に正三角形が作れように思えたことから、なんとなくできるような気がしたのが、先のエッセイを読んだときの感触であった。それよりも何よりも、角の三分割というのはイメージ的にはとても分りやすく、2〜3本の補助線を引くだけで簡単に作図出来そうに思えたのであった。

 それで手持ち無沙汰らしい高1の孫に向かって、この問題を投げかけることにした。孫の最初の反応は、「それはできないんじゃないかな。できないって話しを、先生から聞いたような気がする」だった。でも少し酔ってきた頭にはその程度の回答に納得することはできない。それに角の三等分というのは、いかにも簡単そうに思えるではないか。「できないと聞いたような気がする」という中途半端な意見を採用して、この神聖かついかにも容易に思える目の前の問題の解決にしてしまうことには到底納得がいかない。

 そこで思いついたことを孫に伝えた。それは角の頂点から延びる直線二本に、コンパスで適当に等距離の交点をつけ、その交点同士を結ぶと、そこには二等辺三角形ができることになる。その新しく引いた直線(この場合は二等辺三角形の底辺になる)を三等分できれば、頂点とその三等分を結んだ線が角の三等分線になるのではないかということである。

 だからと言って孫と二人で共にこの三分割問題に取り組むほど熱心だったわけではない。なんたって親・子・孫三代が集まっての飲み会であり、紙と鉛筆の世界よりはビールだ日本酒だワインだなどの誘惑にはどうしたって勝てるわけがないからである。どうやら高1の孫は直線の三等分にとりかかったようである。
 ところがそのうち、底辺の三等分らしいものの作図はできたが、例えば補助線の線分eとfが等しいことを別途証明しないと三等分の証明にならないと思うのだがその証明ができないと言い出した。孫の書いた図形と証明過程の記号の羅列を追いかけるが、酔った頭に追いきれるものではない。

 酔っ払い爺さんと素面の高1の孫との会話は、そのうちになんたることか「羊羹を三つに分ける」問題へと変化していった。問題となっているのは二等辺三角形の底辺の三分割なのだが、この底辺を一辺とした正方形なり長方形を三等分することで解決できるのではないか、という方向へ問題がシフトしていったのである。それは羊羹の三等分という分りやすい比喩ともつながっていったことから、孫はそれに再チャレンジすることになった。

 夜も遅くなったので集まった孫たち一家はそれぞれ我が家へ帰ることになった。一応孫は「羊羹の三等分はできたと思う」と、A5版の白紙2枚に証明の記号の羅列を残して帰っていった。だがとてもじゃないが酔眼朦朧の頭に、その記号や補助線の意味を確かめるだけの力は私に残ってはいない。問題は羊羹の三等分ではなく任意の角の三分割にあるのだが、それでも一つの糸口として角の三分割の入り口の意味は十分にあるだろう。ともかくもその紙を眺めたが、書いてあることをトレースするのは明日以降にすることにして、今はふとんと枕が私をしつこく誘っている。天下の一大事が起きようとも、まずは「おやすみなさい」が先である。

                                      後段は「三等分家」へ続きます。


                                     2013.6.20     佐々木利夫


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角の三分割