351 駅弁の食い方 メモ 2004.3.10

 ダイエットを始めてから、「一口残す」という一種のおまじないみたいなことを心がけているけれど、基本的には食べ物を残すことのできない性格だと思っている。こんな性格は、昭和の始めに生まれた者の生活に染み付いた性癖なのかも知れない。だから駅弁を食べるときはもちろん弁当の蓋を開けるのだが、食べ始めるときはまずその蓋にひっついた飯粒を片付けてから、おもむろに本体に取り掛かるのである。「もったいない」が我々のキーワードになっているのである。

352 大人の楽しみ メモ 2004.3.10

 酒もたばこもセックスも、投げやりに言ってしまえばその人の勝手だろう。法律で禁止することと、自らを律することとは別のことだから、万引きにしたって犯罪だから人としてやっていけないことだと自覚するか、次回はばれないようにやるぞと言い聞かせるかはその人の考えによるしかない。でも若いうちから酒もタバコもセックスも覚えてしまったら、大人になってからの楽しみと言っちゃなんだけど、そうした行為に含まれる味わいとか豊かさと言ったものに触れることがなくなってしまうのではないだろうか。「他人に迷惑かけるわけじゃないんだから、私の勝手でしょ」なのかも知れないけれど、人間としての大切な情緒というか、生まれてきたことの意味みたいなものを、理解できる前に自分で捨ててしまっているような気がしてならない。「何も減るもんじゃなし」と言うけれど、確実に何かが減り鈍磨していっているように思う。そういう人は、自分の人生をバカにしていると同時に、他人の人生に対してもいい加減である。

353 どこにでも転がっている話 メモ 2004.2.12

 自殺や暴力や家出、ギャンブルやアルコール依存や交通事故などなど、そんな話が新聞テレビに出てこない日はない。そしてそんなニュースの見出しに触れても特別な感じを抱かなくなっている自分に驚く。一体これはどうしてなのだろうか。もう数年前のことになるが、小谷美紗子の「自分」という曲を繰り返し聞いていたことがある。救急車のサイレンを聞きながら、運ばれる人やその家族は大変だろうなと思ったり、新聞読んで世界の平和をしたり顔で論ずる自分に、結局「言うだけなら誰でもできる」と少し投げやりに歌っていた。でもそんなことを論ずる前に、考えるという感覚さえ麻痺し始めている自分に気づくことは、何ともおぞましい。どこでも転がっている話のひとつひとつに、どれほどの深刻さが隠れているのか、そんな想像する心さえも私は失ってしまっているのだろうか。

354 桜を切るな メモ 2004.3.13

 東京文京区のある地区で、区から土地を購入したマンション業者がその土地にある桜の木を切るのだという。それに近隣住民が反対する。爛漫の桜、植えた人の善意、そして桜にまつわるであろう様々な思い出・・・、そんなこんなが一瞬にして喪失してしまう・・・。それで伐採反対の大合唱。何となく分る構図だ。
 でもちょっと待って欲しい。景観を守れというが、反対者たちが住んでいる土地は、その昔は原始林がうっそうと茂っていた森林地区であり、それを人間が勝手に入ってきて開拓して現在になっているということであろう。そもそも景観というのは何だろう。木曽路を守れ、旧い街並みを生かせという言葉は多く聞かれるが、それは多分に自分の経験した幼い頃、もしくは少なくとも数十年程度の景観でしかない。その程度の時間のまき戻しを、自然を守るとか景観を守るという意味になるのだろうか。

355 義務教育 書籍からのメモ 2004.1.26

 「義務教育とは、この社会で生きていくために最低限必要な知識や技術を身につけさせるものであったはずである。だが現在ではよりよい高校に行って、安定した会社に入り、安穏な暮らしをするための予備知識を詰め込むところになっているようだ」(菅原哲男 誰がこの子を受け止めるのか P56)。

356 浜崎あゆみ メモ 2003.12.31

 大晦日に紅白歌合戦を見るというのは、我々老境に入った者の定番なのかも知れないし、そうした習慣にずーっと乗っかって年越ししてきたのも事実だと思う。それでもここ数年、だんだん気が短くなっているのだろうか、それともラジオのダイヤル合わせとか手回しのチャンネル合わせの旧式テレビから、リモコンによる切り替えというようにメディアの選択が安易(?)になり、気まぐれや番組に入り込む熱意が希薄になってきたせいなのだろうか、紅白に集中することが少なくなってきた。そして午前零時になって夫婦二人の年明けは、「なんとなく元旦になった」という気持ちで、午前零時を待っていて「それが終わったからもう大晦日は終わり」という気になっている。そしてチャンネルを切り替えたテレビには、浜崎あゆみのライブが中継されていた。

356 急ブレーキ メモ 2004.1.6

 車を捨てて3年が過ぎた。60歳になったばかりの放棄は、80を過ぎても運転している人のいることを思うと少しばかり早かったかなとも思うけれど、「加害者になることがない」という安心感には捨てがたいものがある。ところで「雪道での急ブレーキは事故のもと」とはラジオテレビで繰り返し広報しているキャンペーンである。そのことの意味が分からないではないけれど、でも少し変なような気がしている。事故が起きる場面というのは、多くの場合「追突」である。ブレーキは車を止めるための装置であり、今問題としているのは何らかの事情で咄嗟に車を止めなければならない事態が生じた場面である。そんなときに「急ブレーキをかけるな」という指令がどれほど効果を持つのだろうか。

357 流通革命 メモ 時期不明

 活魚の効率的な輸送方法を開発し、その技術で流通革命を起こしたと言っている人をテレビで見た。「本当かな」と思った。活魚を消費地に運ぶことで「なんとか、そこそこ儲けたい」が本音だったのではないだろうか。本当に「流通革命」が起こせると信じているのだろうか。

358 選挙と国民 メモ 2004.1.6

 「圧倒的多数で当選した」ことと、「国民の圧倒的多数から支持された」こととは同じ意味なのだろうか。私自身が抱いている「投票の意図」と「当選した議員に対する支持」との乖離がそれを疑わせている。

359 電気の使える島の人たち メモ 時期不明

 外国での話である。ソーラ発電で島の人たちは電気が使えるようになった。政府はこれを利用して「全住宅に電気を供給しょうと考えている」と発表した。・・・そうなんだ。まだ電気を使えない、電気を知らない人が世界にはいっぱいいるんだと思う。

360 競争 読書メモ 時期不明

 「競争とは、そのルール上、一部の勝者と大多数の敗者を生むゲームである」(上野千鶴子 うわの空 P173)
 「公正な競争という概念は、競争がもたらした結果に泣き言を言わない、弱肉強食の正当化の原理でもある。・・・ただし、あなたが同じ資格と能力を持っているかぎり、性別や人種にかかわらず、対等にあつかわれていた。・・・この社会とは正当化された資格と能力は学歴を通じて測られる」(同書P124)

361 自由と放縦 メモ 2004.1.6

 人はなんでもかんでも「自由」という言葉の下で好き勝手を謳歌してきたのではなかったろうか。戦争につながつた「言いたいことも言えず、したいこともできなかった」時代を過ぎて、「自由」を手にした時代はまさしく夢の実現であった。でもその見返りに私たちは「恥」という大切な思いを失ってしまったような気がする。

362 優しいバスジャック メモ 2004.1.6

 今朝の新聞の三面記事は「包丁男 バス乗っ取る」だった。静岡で一人の男(42歳)が包丁をもってバスに乗り込み、後から乗ろうとした高1の女生徒には「乗るな」と言い、乗っていた年配の男女二人には「降りろ」と命じたという。そして次のバス停で「トイレに行きたい」という運転手の要望と、警察の説得に「酒買って来い」との要求が叶えられたことから、あっさりとつかまってしまった。この犯人は何て優しいんだろうと思ってしまった。

363 見る角度 メモ 時期不明

 退職してから物事を少し違った角度から見ることができるようになった(と思う)。それがいいことなのかどうか、そして進歩といえるのかどうかはひとまず置くとして、公務員というしがらみから少し離れた生活も悪くはない。


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                                     2013.4.25     佐々木利夫


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雑記帳始末記(28)

自作のホームページに雑文を発表してから10年になる。資料として作成したメモや切り抜きなどは発表したつど処分しているが、作品にできなかったものが残ったままになっている。それは作品にするだけの力がなかったことを意味しているのだが、それでも私の感性に訴える何かを含んでいたことだけは事実であろう。このまま朽ちさせてしまうのもどこか忍びないものがあり、処分する前にここへ刻むことにした。