文部科学省に新たに「スポーツ庁」が設けられたとする報道を見た。2015.5.13の国会で、文科省設置法の改正として成立したらしい。スポーツについてはつい先月ここに書いたばかりである(別稿「変身するスポーツ」参照)。恐らくその時の思いと同じ内容になるような予感がしているけれど、どうも気になることがあり屋上屋を重ねることになってもいいやとの思いで書き始めている。

 何が気になっているのかというと、政府、解説者、メデイァなど多様な人々から寄せられているスポーツ庁発足に関する発言のことごとくが、オリンピックに向けた意見に限られているように思えたことであった。

 オリンピックが今やスポーツの祭典という当初の目的から乖離して、金メダル獲得合戦、国家威信の高揚、優勝者への高額な特典などといった、異なる方向へと大きく変化していっていることは何度もここへ書いた。それはスポーツそのものが、「健康を保つ」といった目的から離れて、「メダルのとれるスポーツ選手の育成」へと質的に変化していっているのではないかという疑問であった。

 私はそうした変化を丸ごと批判したいのではない。オリンピック会場に日の丸が掲げられる風景は、いかに私がスポーツに興味の少ない人種だとしても、それなりの感慨を持って眺めている。ただこれまで何度も言っている通り、スポーツの目的がメダル獲得のみにあるのではないと頑なに思っているだけなのである。オリンピック選手の育成も大切だろうけれど、同時に体を動かすことを通じて人が健康な人生を過ごせるような仕組みを作ることも、スポーツの大切な役割ではないかと思っているからである。

 「スポーツ庁」という組織まで作る必要があるのか、との疑問はなしとしない。たが私としては、「健康増進」みたいな目的も同様に含まれているのならば、組織を作ることもいいのではないかと思っている。その方が金メダルだけに浮かれることよりも、国民全体が健康でゆったりとした人生を送るとことができるという目的が含まれることで、多くの人からの納得が得られるのでないかと思うからである。

 ところが現実はどうも違うようなのである。恐らくスポーツ庁設置の理屈の中には、「健康増進」みたいな目的も入っているのかもしれない。場合によってはオリンピック選手の強化と並列的な位置を与えられているのかもしれない。

 ところが国会での論戦や識者の解説などを新聞テレビで見る限り、「国民の健康」がどこまで目的として認識されているのかが疑問になってきたのである。私には「国民の健康」、「健康余命」などの目標は遥か遠くにかすみ、「優秀な選手の育成」、更には5年後に迫った東京オリンピックに向けた「金メダル選手の育成」だけが主たる目的として運用されるように思えてならないのである。

 前回も書いたけれど、私は「スポーツ」という語の解釈に混乱しているのかもしれない。スポーツを「勝つこと」と定義できるのだとするなら、私の思いは間違っていることになる。私の意識はもっと別な、「運動」とか「体育」とか「健康」とか「元気」という意味、更には「体を動かすことを楽しむ」という意味に偏っているからである。

 だからと言って「選手の育成」とか「全国大会で優勝する」などを目標に掲げることが、間違っていると言いたいのではない。「健康増進」のような目標と互いにバランスのとれた方向を目指す必要があるのではないかと思い、かつ、そうした目標こそが行政などにも求められているのではないかと思っているのである。

 実は私は、「スポーツ庁」ができたことに困惑している。金メダルだけを目指すような識者の発言もさることながら、目標を掲げてそれに突進するような意識はスポーツには本来似合わないような気がしているからである。そうした意識が逆に、「金メダルを取れなかった」ことを、過剰に責め続けることになっているように思えるからでもある。目標を掲げることに反対はしないけれど、逆に目標に達しなかったことを責める風潮を助長するのではないかと思えるからである。

 結局はスポーツに「金」や「名誉」を過剰に絡めてしまう世間の風潮が、こうした結果を招くことになってしまっているだろうか。確かに勝者には数千万円、数億円という報酬が約束されている現実がある。恐らくその大半が30歳にならないであろう者たちに、そしてすぐに使い捨てにされてしまうだろう10代、20代のまだ幼いとも言える若者たちに、そうした過剰な名誉や報酬を与えるような風潮は、少なくとも私にとっては異状であるように思える。

 だからこそ私は、スポーツの中に「優しさ」とか「いたわり」といった、「お金や名誉の伴わない満足」を与えるようなシステムの組み込みが必要ではないかと思っているのである。たとえそれが、スポーツ嫌いの70数歳になった偏屈老人の身勝手な思いだとしても・・・。


                                     2015.5.21    佐々木利夫


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スポーツ庁に思う