このテーマが三回もの長さになるなんて思いもしませんでした。どうやら私の中で、依存症に対する思いが混乱しているようです。前回の「依存は病なのか(2)」の続きです。

 私が抱いているこうした混乱の原因は、「依存状態」と「依存症」とはどこかで一線を画すべきではないかと思っていること、だとするならその区別の線引きをどこに引いたらいいのか混乱していること、に尽きるのかもしれない。そしてそうした思いに、「依存状態」は必ずしも非難されるべきものとは限らないのではないか、依存状態は時に私たちを育てる原動力になっていた場合さえあったのではないか、との思いがオーバーラップしているような気がしている。

 依存を「ものや行動へのこだわりの程度」みたいな感触でとらえてしまうと、例えば「偏見」であるとか「信じること」や「好奇心」などとの境界が見えなくなってしまうし、更には趣味嗜好や熱意や思い込みなどとの区別もつかくなってしまうような気がしてならない。

 そうしたこだわりを例えば「信仰」という分野にまで広げてしまうと、「キリスト依存症」、「イスラム依存症」という造語だって、それほど違和感なく伝わってくるような気がしてしまうからである。

 どうしてこんなことが気になったかというと、実は最近見たテレビから、私が始めて耳にした「依存症」を付した言葉が飛び出してきたからである。

 それは「月依存症」という語であった(NHKBSプレミアム、2017.3.30、フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿)。この番組は「科学(者)は暴走する」をテーマとした一種のドキュメントである。この回で取り上げられた人物はフォン・ブラウン、世界で始めて月へ人類を送ったアポロ計画の責任者であった。彼は単に月に魅入られた男というだけではなく「月依存症」であった、としてその実現のためにはなりふり構わなかった人物として紹介されていた。

 彼はドイツでヒトラーに従いナチス親衛隊にまで入隊していた科学者であり、第二次世界大戦でイギリス・ロンドンやフランス・パリに向けて世界で始めて大陸間弾道弾たるX2号ロケットで攻撃を加えた開発責任者である。そしてドイツの敗戦近しと見るや、今度はその技術を持ってアメリカへと亡命し、アポロ計画へと我が身を傾けた人物であると番組は語る。

 私は「月依存症」という言葉が変だと言いたいのではない。彼が「月へ人を送る」ことに抱いていた執念を科学者として特に異常だと言いたいのでもない。ただ、そうした彼の抱く一種のこだわりを、いともあっさり「依存症」と名づけてしまった伝記作者や放送番組に少しばかり驚いたのである。そして、ますます「依存症とは何か」が分らなくなってしまったのである。

 また同じ頃別のNHKのニュース(4.2、朝)で、若いチベット僧の修行が特集されていた。この僧侶があるとき大手術が必要な病に罹ったそうである。医者は彼に、その手術に耐える体力をつけるため栄養価の高い食事(つまりは肉や卵など)をとるよう指示したそうである。ところが、本人は殺生禁断を信奉する菜食主義であった。肉を絶ち、米と野菜しか口にしないことを信仰の基本としている僧侶であった。助かったのか死んだのか、手術を受けることができたのかそれ以外の治療によったのか、僧侶のその後を私は知らない。

 また、米や野菜などの植物だって命を持っているのだから、殺生禁断という戒律とどう折り合いをつけているのかという矛盾にもこの際目をつぶろう。ただ少なくとも彼の信仰は、肉食などによって手術に耐える体を作るという医者の指示とは対立している。この菜食へのこだわりは「依存症」なのだろうか。

 そして、依存状態を依存症という「病気」の中に押し込めてしまうと、突如としてその症状は例えば外科、内科、耳鼻咽喉科などといった私たちが当たり前に理解している病気の範囲を飛び出してしまい、「いわゆる精神病」の分野へと飛躍していってしまう。つまり私たちの多くは、精神病に対して「病気」のイメージを超えた特別の感情を抱いてしまい、依存症という名称にもにも同じようなイメージを持っている。

 それは恐らく「依存症」と名づけられたことに対して、見えない病気であることからくる「治らない病気」の感覚を抱いてしまうからなのかもしれない。もちろん世の中に「治らない人、つまり病気で死ぬ人」は沢山いるだろう。インフルエンザだって、心筋梗塞やガンだって、ある病気に対して「治る人と治らない人」が共存するのは当たり前の事実である。ただそれは、最初から「治らない病気」というのがあるのではなく、ある特定の人にとってある特定の病気が治ったか治らなかったに過ぎないのだと思う。

 だが「依存症」が病気だとして、それが治る場合と治らない場合があるといえるのかが、とても難しいような気がする。むしろ「治らない」のではないかと、多くの人が思い込んでいるのではないだろうか。そしてそれが精神からくるものであることから「治ったこと」が外形的に判断できない、そうしたことも、依存症への思い込みを後押ししているような気がする。

 たとえばこんな感想を述べている医師がいる。「・・・医者になった直後からアルコール依存症治療と取り組み、苦労もしたつもりで専門家面をしていたが、実は表面的な症状を捉えることにだけに終始していた。共にこの世に生きる人が遭遇した困難の話として、病歴を聞けたのは数年後のことだ。正直に言えば『隣人の話』として病歴を聞けることは、今でも少ない。まだまだ未熟である・・・」(2017.3.29 朝日新聞、けんこう処方箋、幹メンタルクリニック院長・札医大名誉教授)。

 肩書きから見る限り、それなり優秀と思われる年配専門医師の言葉である。彼は「・・・急性期を除き、社会で暮らすことはできる。・・・でも、これが難しい」とも言っている。それは周りの人たちに病気を理解してもらうことが難しいということを示しているとともに、患者本人に何らかの後遺症が治療後も残っていることを示している。つまりは、「完治することはない」ことを医師も認めているのである。

 そんな「依存症」を「病気」の中に押し込んで、あたかも「手術すれば元通りになります、完治します」みたいな感覚で発信されてしまう社会環境に、私はどこか違和感を覚えるのである。「なんでもかんでも依存症」というカテゴリーに、まさになんでもかんでも押し込め、そしてそこに人は安住してしまう、そんな安易な社会の受け入れ態勢、解決方法に私たちは安住してしまっているのではないだろうか。

 私には「依存症は病気です」のメッセージの中に、そして「依存症の中味が勝手に拡大していく社会」に、人の無責任というか疎外、隔離、差別して安心する心根、そんな安易さが見えるような気がしてならないのである。つまりは、ここまで書いても私の中で「依存症」への思いはまだ混乱したままだということなのかもしれない。


                                     2017.4.6        佐々木利夫


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依存は病なのか(3)