愚につかぬ中味ながら、自称エッセイの発表数は間もなく1300本になろうとしている。書くネタは、日々のテレビや新聞や経験などから気づいたことをメモしておいて、それを中心に広げていくことが多い。しかし、そのメモを膨らませるだけの発展がなく、メモのまま机上に溜まったままになっているものも多い。そうしたメモは、エッセイになるだけの内容を持っていなかったことを示してはいるが、メモを作ったという意味では何らかの私の思いがそこに詰まっていることでもある。だとすればメモのまま捨ててしまうには偲びないものがある。そこで捨てることに対する一種の謝罪というか墓銘碑として、その内のいくつかを取り上げメモすることを思いついたであろうあれこれを想像することにしたい(黄色の文章がメモの内容である)。

 1 人が死ぬということ
  タイトルは気に入っているのだが、中味は全然考えつかない

 
このメモには、この一行だけが書かれている。いかにもふくらみが見込めるようなタイトルであり、すぐにでも完成品として仕上がるような気がしていたのだろう。しかしそれっきり、気になりつつも考えとして広がることなく机上に放置されたままになっている。恐らくこのタイトルにつなげて何か哲学的な思いを膨らませたかったのだと思う。このメモを廃棄してしまうことに、今でも後ろ髪を引かれる思いがしている。

 2 辞任と責任
  あるポストにいる者が、自らもしくは組織の監督や統率が不十分であったことなどを自省して、そのポストを辞任することは一つの責任の取り方として、納得できる面を持つことは否めない。しかし、ここ数ヶ月間見られるように
 民進党 蓮肪代表、野田幹事長
 防衛大臣 稲田大臣
 防衛庁 黒田事務次官
 タカタ自動車部品 社長
 陸上自衛隊 陸上幕僚長(退職)
   責任放棄、投げ出し

 
メモの内容はこれで全部である。組織のトップが相次いでそのポストを辞任し、謝罪会見で頭を下げる。メディアも国民も、あたかも土下座して謝れみたいな風潮が蔓延し、記者からも「どのように責任をとるのか」、「辞任するのか」などの発言が相次ぎ、現在のポストに居座ることが悪だとばかりの責めようである。こうした風潮そのものが、どこか違和感を覚えたのだろう。「テレビカメラの前で頭を下げて、現在のポストを辞任する」そのことだけで、彼の犯した誤りが全部消えてしまうかのような意識が、犯した者にも被害者にもそしてそれを報道する側にも、更には事案を知る国民の側にも存在しているような風潮が、私には逆にどこか異様に感じられたのだろう。

 3 暴走する好奇心
  科学の持つ明と暗、例えば包丁・・・100円ショップでも手に入る調理器具である。そしてそれはそのまま殺人マシンにも可能


 恐らく我々の周辺に当たり前に存在している道具や器具が、そのまま殺人マシンに変身する可能性があることを書きたかったのだろう。タイトルの「暴走する・・・」は、NHKBSで毎月末に放映されている、「フランケンシュタイン誘惑〜科学史 闇の事件簿」でのナレーター吉川晃司のせりふ「科学は暴走する」を真似たものなのだろうか。ただこのテーマを広げていくと、道具と刃物の境界が混沌としてしまい、結局は「程度の問題」、「使う人の意識の問題」に行き着いてしまって、答が見つからなくなることを恐れたのだろうか。それがこのテーマが広からない原因になると考えてメモのまま残してしまったのだろうか。

 4 温暖化と寒冷化
 1934年 室戸台風 3066人  1945年 枕崎台風 3756人  1945年 阿久根台風 451人
 1947年 カスリーン台風 1910人  1948年 アイオン台風 838人  1949年 キテイ台風 160人 1950年 ジェーン台風 508人  1951年 ルース台風 943人  1954年洞爺丸台風  1698人 1958年 狩野川台風 1269人  1959年 伊勢湾台風 5101人  1961年 第二室戸台風 202人
 今朝のNHKラジオ第一は、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」だった。そこでの合唱は「三年も日照りが続いている。主よ助けたまえ」と歌っていた。この頃から異常気象はあったのだ。


 
書かれた数字には、「日本の最近の台風の死者・行方不明者数」と注記されている。タイトルから考えるなら、最近の異常気象が地球温暖化のせいなのか、それとも寒冷化が原因なのかを、過去の台風の死者・行方不明者数を並べ、更に温暖化など話題になることもなかったであろうメンデルスゾーンの生きていた時代にも、異常気象はあったことなどを掲げることで書きたいと思ったのだろう。
 ただこうした思いは既に別な形で発表しており(別稿「南極に降る雪」参照)、それと重複することから発表を止めてしまったのだろうか。

 5 心とタマシイ
 アイ ロボット(映画)のワンシーン〜誤動作を起こしたロボットの処置。集団行動のできないものは殺せ。〜心を一つの作用だと考えることはできるだろう。それは物理法則に支配された脳の活動の一つである。


 
人工知能(AI)と人の脳との関連は私の中ではまだ未整理なままである。タマシイが人間であること、もしかしたら生命の本質であるだろうことを認めつつ、片方で脳が多数のメモリーたる脳細胞とその複雑な接続関係の総合体であることとの調整ができないでいる。このテーマは広がらなかったのではなく、広げるだけの知識なり考えが私に備わっていないことに原因があるのかもしれない。


                                     2017.11.5        佐々木利夫


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捨てるメモへの墓銘碑