「ひだりまえ」とは、日本の伝統衣装である着物の誤った着方を指す言葉である。着物は原則として一枚の布を背中から体の前にかけて羽織り、その状態を帯を腹の付近に巻くことで形を整えるものである。

 この時、羽織った布を体の前で重ねることになるが、着方とは右からの布と左からの布をどちらを先に体の前で合わせるかの問題である。どちらの形態も、見た目には同じように見える。だがこれにはルールがあるのである。

 それには、まず着付けの順序における「前」の意味を知る必要がある。「前」とは時間的な前、つまり「先に」ということである。羽織った着物の右の襟を先に体に密着させ、ついでその上に左からの襟を重ねるのである。着物の襟の右、そして左と重ねることなる。ただこうした着方を、特に「右前」とは呼ばないようである。当たり前の着方だからなのであろうか。

 ところがこの反対、つまり、左の襟から先に体に密着させると、自然に右の襟はその上に重ねることになる。左襟の上に右襟を重ねる、これがいわゆる「左前」と呼ばれる間違った着方になるのである。

 何故か。それは「ひだりまえ」は、死者が埋葬されるとき着る「帷子(かたびら・浴衣のような白衣)」の着方だとされているからである。死者のスタイルを生きている者が真似ることは縁起が悪い、これが左前を忌避する根拠になっている。

 そう思って着物について調べてきたところ、和服については男女とも「右前スタイル」が正式な着方として定着しているようである。つまり、着物は男女とも「左前」は禁忌なのである。

 ところが、洋服になるととたんに違っていた。例えば私が公務員になってから現在までの60年近くを日常的に身にまとっているワイシャツは、ボタンが右側一列に並んいる。と言うことは、左側にそのボタンをはめる穴が同じ数だけ並んでいることになる。したがってボタンをはめると、右が下、左が上になるように着るということになり、それはそのまま「右前スタイル」ということになる。

 手持ちの、首周りに少し切れ目が入ってボタンのついている丸首シャツでも同じように「右前」になっており、例えば背広もまた右が下、ズボンのファスナーの折り返し部分もまた右が下になっていることが分った。つまり、男は洋服も和服と同じように「右前スタイル」が定着しているらしい。

 ところがところが、女性の洋服は違っているのである。男と同じようなスタイルで作られているにもかかわらず、ボタンは左の襟に一列に並び、右の襟にボタン穴がついているので、必然的に左前になるように作られているのである。ズボンやコートなど、全部について調べてみたわけではないが、女性の洋服は「左前」がルールになっているようなのである。

 なぜそうなのか、単なる和洋の生活様式の違いと割り切れないように思う。例えば木材を挽く「のこ」は、日本では引くときに力が入って木を切るのに対し、西洋では押すときにその効果が表れるようになっているが、それはそれで理解できないわけではない。だが、ワイシャツやワイシャツもどきの女性の衣服は西洋からきたものであり、和洋の生活習慣の違いという理屈だけでは、男と女の仕組みの違いを説明できないからである。

 ただ言えることは、洋服の着方が左前であることに女性自身が違和感を覚えていないことことである。そして少なくとも西洋には、左前の習慣に「死者の着物」のような禁忌のイメージがないことである。つまり、左前の禁忌は、「日本の着物」に特有の習慣であるらしいことである。

 そのことをとやかく言いたいとは思わない。箸の使いかたから和室の様式など、更に言うなら茶道や歩き方などにまで、日本特有の習慣や作法が存在することは事実である。それを非難したり批判したりすることは誤りだろう。長い風土の中で培われてきた様々な習慣を、一概に否定することはすまい。

 だが最近、浴衣を左前に着ている若い女性に、「どんなふうに注意していいか迷う」とする新聞投稿があったほか、芸能人の浴衣姿の写真が左前で掲載され、その女性が「写真のネガを裏返しにしてしまった」などとわざわざ言い訳をしている記事などを読んで、「左前であること」がそんなに気になるのだろうかと、いささかの違和感を抱いたのである。

 そして、日本語が変化していくように、日本の習慣もまた変化していっているのではないか、変化していっていいのではないかと思ったのである。そんな変化の中に、私は「左前」を見るのである。先月、ここに「ら抜き再び」と題して「見られる」が「見れる」、「寝られる」が「寝れる」など、「ら抜き」の表現が国民の間に広がってきていること、そしてそろそろそのことを許容してもいいのではないかと書いた。左前も同じに考えてもいいのではないだろうか。

 左前は単に「死者の着付け」の意味でしかない。しかも日常着ている洋服のすべてが「左前」でできており、今の時代「死者」もまた生前好きだった洋服を着て旅立つスタイルも定着してきている。左前を批判する理由が、そのスタイルに特別な欠陥や不便さがあってのこととは思えない。和服を着てきた日本人が、今やほとんどが洋服スタイルに変化した。着物という日本の伝統衣装が生活習慣から遠くなろうとしていることを、今更批判しても仕方がないだろう。

 ましてや、目を凝らして注目するのでもなければ、浴衣が右前なのか左前に着ているのかなどは気にならないのではないだろうか。更に言うなら浴衣を着る若い世代に、「左前」としての意識がどこまで残っているかも疑問である。こんな言い方をしてしまうと非難されるかもしれないけれど、「左前」はもう死語と化しているのではないか、少なくとも「古語」としてお蔵入りさせてしまってもいいのではないかと、私はどこかで思っているのである。

 なにしろ、70歳を過ぎた生粋の日本人である爺さんにしてからが、若い彼女等の花火大会に出かける浴衣姿に若さと華やかさを感じることはあっても、左前かどうかなど、少しも気にならなかったからである。気にならなかっただけではない、左前という言葉こそ知ってはいたもののその意味というか内容を、まるで知らなかったからである。決して死語であることの判定基準を私に任せてほしいと思っているわけでも、はたまた古語として埋没させていく判定資格が私にあると自惚れているわけでもないのだが・・・。


                                     2017.8.17        佐々木利夫


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