太平洋戦争(第二次世界大戦)の始まった昭和16年の真珠湾攻撃の前年である昭和15年生まれの私だから、幼い身にしろ戦後の混乱はそれなりの記憶として刻まれている。食べるものもなく、木炭自動車(バス)の記憶の残るこの身だから、恐らく停電は数え切れないほど経験してきたことだろう。そんな私にとっても今回の連続40時間にも及ぶ長い停電は、初めての体験だったような気がしている。

 9月6日未明、午前3時8分にそれは起きた。国家公務員税務職、平日の9時5時勤務を常とするサラリーマンとして定年まで過ごしていた私である。そんな私にとって、午前3時という時間帯など尿意を催すのでもなければ、この世に存在しない白川夜船の別世界である。

 突然のすさまじい揺れがベッドを襲った。縦揺れか横揺れかも分らない暗闇での突然の混乱に、地震であることだけは分る。枕元にある夜光式の置時計は見当たらず、咄嗟にベッドの横にあ洋服ダンスが倒れてこないかと思わず手を伸ばす。だが暗闇での手探りは、むなしく空を切るばかりである。

 別室から妻が飛び出してくるが、とにかく揺れが一段落するまで身動きはできない。枕もとの読書灯のスイッチを手探りで入れてみるが明かりは点かない。どうやら停電しているようである。とりあえず揺れが納まるまで静かにしていて、次に起きるかもしれない余震に身構える。ともかく揺れは収まったようである。

 とにかく情報が欲しい。震源地が札幌なのか道内なのか、それとも道外の地震なのかすら分らない。隣の部屋にあるテレビのスイッチをまさぐるが入らない。停電は確実のようである。

 真っ暗闇では何をすることもできない。テレビが映ればその明かりで少しは身の回りの状況を把握できるのだが、部屋は真っ暗で室外からの明かりもない。まずは明かりが必要で、部屋の状況把握が急務である。

 明かりの設備が始めからついていない室内物置のために、人感センサー付きの小型ライトを買ってあった。そのライトが、我が書斎もどきの机の横に置いてあることを思い出す。またその隣に、これは100円ショップで購入したものだが、電池式のLEDライトがあることも思い出した。また、机を探せば、直径2センチ、長さ15センチほどの比較的大きなろうそくも見つかることだろう。

 こうしてみると、停電への備えはそれなりにできているんだな、と我ながら感心する。だが、暗闇で手探りする私に、それらの応えてくれる保障はない。とりあえずライトは見つかった。だがそのライトのスイッチがどこについているのかは、普段無意識に利用しているからなのか、見当がつかない。それでもいじく回しているうちに、どうやら小さな明かりが灯った。ライトの周りだけの頼りない明かるさだが、とりあえず周りが見渡せるようになったことで、少しほっとする。もう一つのライトも見つかり、小さいながら明かりは二つになった。

 ローソクも見つかった。だが、火をつける手段がない。タバコを吸わなくなってから30数年、手近にマッチもライターもない。拾った100円ライターが、机の隅に放置されていたこと思い出す。だが最近の軽便ライターは、子供がいたずらできないようにと簡単には着火できないようにロックされている。タバコを吸わない私には、そのロックのシステムが理解できない。暗闇で色々試すものの、中々火がついてくれない。

 そんなこんなで真っ暗闇の中での悪戦苦闘が続く。次はラジオである。僅かな明かりと、どこかへしまいこんだ筈だとの記憶をもとに、どうやら見つけ出すことができた。ところがスイッチの位置が分らない、上下にスライドさせるのか、それともヴォリームを回転させて入切させるのか。あちこちいじっているうちに、ヴォリームの回転式だと分かった。だが、いじくりまわしていた過程で選局ダイヤルも回してしまったらしく、雑音は入るものの音声はまるで入ってこない。

 NHKを聞きたいと思うのだが、周波数が分らない。明かりも含め、咄嗟の場合はこんなにも混乱してしまうのかと、いささか自信がなくなってくる。突然ラジオから声が飛び出してくる。どうやら震源地は安平、苫小牧付近の町だと分る。震度6強、札幌の北区でも震度5強との情報が分ってくる。

 私の住んでいるのは札幌市西区なのだが、その地区の情報はまだ入ってこない。ということは放送するほどの被害はとりあえず発生していないのだろうと、ひとまず安心する。我が家も、パソコンの台の上に置いてあったCD20枚ほどがケースごと床に散らばった以外、とくに目立った被害はないようである。

 同じマンションのドア向かいの隣室に住んでいる娘が心配して様子を見に来たが、娘の室内もそれほどの被害はないようである。ラジオが2台見つかったので一台を渡す。ただ娘の携帯は機能しているらしく、室蘭に住む長男(私の孫)や、札幌の他地域に住んでいるもう一人の娘や孫などとは連絡がとれて無事なようである。

 実はこの停電は、北海道最大の火力発電所が震源地の近くにあり、この発電所が停止したことで全道停電へと波及することになったのが原因らしい。つまり、停電は北海道全域にまで及んだのである。自家発電のある病院や警察などはともあれ、この地震で北海道中が真っ暗になってしまったのである。


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 停電スタートの話しだけでここまできてしまいました。続きは来週の「停電40時間初体験2」へ続けます。


                                     2018.9.9        佐々木利夫


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停電40時間初体験